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ケプラーとガリレイ

記事:筑摩書房

近代的自然観はいかに生まれたか。物理学/物理学史をめぐる論考を著者みずからが精選(全2巻)
近代的自然観はいかに生まれたか。物理学/物理学史をめぐる論考を著者みずからが精選(全2巻)

 オーストリアはグラーツの数学教師、25歳のヨハネス・ケプラーが『宇宙の神秘』を上梓したのは、1596年のことであった。同書は、地球も含めて惑星が六つしかない理由を、五個しかない正多面体に内外接する六個の球に惑星軌道を割り当てることで説明したもので、ケプラーの特異な発想を示しているものとして知られている。ケプラー自身は、その正多面体理論こそおのれの最大の発見と自認していた。

 しかし重要なことは、ケプラーが当然のように地球を惑星のひとつと見なしていること、つまりコペルニクス地動説を公然と認めていることにある。コペルニクスの書が出てから53年、コペルニクス擁護がまだほとんど見られない時点であった。

 若きケプラーは有名な天体観測者ティコ・ブラーエや、パドヴァ大学数学教授ガリレオ・ガリレイ、その他に同書を献本している。学会や学術雑誌もない時代に、無名の若者が認められる唯一の手段であったのだろう。7歳年上のガリレイは、978月にケプラーに礼状を送ったが、その内容は、正多面体理論にはまったく触れず、自身も以前からコペルニクス説を認めているが、しかしこれまでそのことを公にしてこなかったこと、地動説を公然と語る人がもっと増えれば公表する勇気が出るであろうが現状はそうではない、というものであった。ガリレイのケプラーへの最初の書簡であった。

 それを9月に受け取ったケプラーは、10月に『宇宙の神秘』を更に二冊送ると共に、長文の返信で、自著に対するガリレイの見解と批評を熱望し、加えて、信念を持ってコペルニクス地動説支持を表明して下さるよう、訴えている。しかし、それに対するガリレイからの返信はなかった。

 それから12年、1609年にケプラーは『新天文学』を発表する。それは、惑星は円ではなく楕円軌道を周回し、そのさい等速ではなく面積速度が一定であるという有名な「ケプラーの第一・第二法則」、すなわち古代ギリシャ以来の二千年にわたる等速円運動のドグマを打ち破る、コペルニクス以降の天文学の最大の発見を告げるものであった。

 そのケプラーの書にガリレイは何も表明しなかった。ケプラーの大発見の価値を捉え損ね、それを無視したのである。

 同時期、ガリレイは望遠鏡で天体を観測していたのであり、その記録は翌103月に『星界の報告〔使者〕』として出版され、一大センセーションを巻き起こすことになる。同書はガリレイの最初の天文学書であり、かつガリレイが地動説を事実上認めた最初の書であった。望遠鏡によるガリレイの発見のひとつに、それまで知られていなかった四つの惑星が存在し、それは木星の四つの衛星であるというのがあった。しかしそのことが直ちに認められたわけではない。ガリレイは著名人を招き、望遠鏡でその衛星を見る会を設けたが、人びとは認めようとせず、望遠鏡を覗くことさえ拒否した人たちもいたのであった。

 ガリレイから同書を送られてはいないが、3月にそのニュースを伝え聞いたケプラーは、自身で直接観測したわけではないけれども、疑うことなくガリレイの発見を認め、それを支持する長文の手紙を直ちにガリレイに送り、直後にそれを『星界の使者との対話』として出版する。

 8月にガリレイは、ケプラーに「あなたが私の主張を完全に認めて下さった、最初の、そしてほとんど唯一の方であることを感謝します」と書き送ったが、ケストラーの『ヨハネス・ケプラー』(ちくま学芸文庫)によればこの手紙は、じつに12年前のものに次ぐガリレイの二回目の、そして最後のケプラーへの手紙であった。

 しかし、自身で観測もせずにガリレイの発見を認めたことをまわりから咎められたケプラーが、ガリレイに望遠鏡を送ってもらえないかと手紙で懇願したとき、パトロンの貴族たちには気前よく望遠鏡を寄贈していたガリレイは、最強の同盟軍となりえたはずのケプラーの依頼を無視したのであった。

 ガリレイは、惑星運動についての大発見「ケプラーの法則」を完全に無視し、生涯、楕円軌道に触れることはなかった。

 天文学に対するガリレイの評価は、相当に水増しされている。

 

山本義隆『物理学の誕生 ——山本義隆自選論集Ⅰ』(ちくま学芸文庫)
山本義隆『物理学の誕生 ——山本義隆自選論集Ⅰ』(ちくま学芸文庫)

 

『物理学の誕生 ——山本義隆自選論集Ⅰ』目次

1. アリストテレスと占星術
2. 近代的自然観の形成――発展のカギとなった遠隔力の概念
3. 在野で学ぶということについて
《付録》第一級のノンフィクション 大佛次郎『パリ燃ゆ』の面白さ
4.『磁力と重力の発見』をめぐって
5. 16 世紀文化革命
6.「ルネサンス」と「16 世紀文化革命」
7. 科学史の基本問題に取り組んで
8. シモン・ステヴィンと16 世紀文化革命
9.「ガリレイ革命」をめぐって
10.ニュートンと天体力学
《書評》『ニュートン』島尾永康著
《書評》『プリンシピア』I.ニュートン著/中野猿人訳,『ニュートン自然哲学の数学的諸原理』I.ニュートン著/河辺六男訳・解説
《書評》『チャンドラセカールの「プリンキピア」講義――一般読者のために』S.チャンドラセカール著/中村誠太郎監訳
11.物理学の誕生
あとがき

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