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場所があるから、つながっていった 「とくじつな言葉歩み」に向けて

記事:じんぶん堂企画室

本のあるところ ajiroでは3月から大江満雄展が始まった。大江満雄の生前に出版されたすべての詩集の現物のほか、貴重な写真も満載の展示となった。
本のあるところ ajiroでは3月から大江満雄展が始まった。大江満雄の生前に出版されたすべての詩集の現物のほか、貴重な写真も満載の展示となった。

 福岡で本を編集する仕事をしている。八丈島で生まれ、大阪、京都、奈良、東京、そしていまにいたるまで各地を転々として生きてきた。2017年に福岡に来て、書肆侃侃房に入社してからもう8年にもなる。入社翌年の2018年には会社にかけあって、「本のあるところ ajiro」という書店を作った。「本屋をやってみたい、おもしろそう」以外に立ち上げた理由は特にないのだが、当時は営業部に在籍していて、自社の出版物がどう読者の方に購入されるのかを近くで体感してみたかったという思いもあった。詩歌と海外文学を主に刊行している版元なので、この書店でも揃えているメインのジャンルはこの辺りになる。自社の本が全体の2割くらいで、残りは出版他社の書籍を並べさせてもらっている。

 書店を立ち上げてから、さまざまなつながりが生まれていった。数えだしても切りがないほどだ。場所があることで通常の本作りとは別の力学が働き出して、本が生まれていくことがあった。オープン最初のイベントはニック・ドルナソのグラフィックノベル『サブリナ』原書の読書会だった。この会を提案してくれた矢倉喬士さんは、当時夜にバーのような営業もしていた店の常連にもなってくれて仲を深め、『現代アメリカ文学ポップコーン大盛』(青木耕平、加藤有佳織、佐々木楓、里内克巳、日野原慶、藤井光、矢倉喬士、吉田恭子)という文学からアメリカ社会を考えるような本を一緒に作らせてもらうことになった(他に「文学イベント」としてゲーム『レッド・デッド・リデンプション2』をプレイしながらのトークや「ドン・デリーロ ナイト」も懐かしい)。もとになった連載は週に2回更新で、執筆者は総勢8名。今ならやめておくかもしれないが、この頃は気力と勢いもあったのだろう。

 哲学者の宮野真生子さんは地元の福岡大学の哲学の教員で、イベントをさせてもらえないかと最初に連絡してこられた。開店から半年経った頃のことだったと思う。初対面となった喫茶店、打ち合わせとは名ばかりで、哲学を届けていくことに賭ける宮野さんの熱い思いを聞かせてもらい(生徒は私一人の名レクチャーだった!)、その後イベントも無事に終わったが、それから間もなく宮野さんは42歳にしてがんで亡くなってしまう。宮野さんの旧知の研究者に声をかけてもらって研究室の整理に行かせてもらい、その夜の打ち上げでの話(ずいぶん酔っ払っていた)が発展していって、ベルクソンの主著4冊、1冊2時間ずつかけて討議していくイベントを開催することになった。それを文字に起こし、新たな座談会も増補もして出来上がったのが『ベルクソン思想の現在』(檜垣立哉、平井靖史、平賀裕貴、藤田尚志、米田翼)だ。「宮野さん」でつながったわれわれは、怒涛のように完成に向けて突っ走ったのだった。

 いろいろ端折って書いてしまっているのもあって、「なにがなにやら」かもしれない。流れに飛躍があるかもしれない。ただ、この「飛躍」がたまらない。場所があると飛躍が勝手に生まれていくものだ。後の説明のむずかしいこと、辻褄が合わなくなる「なんでそうなったんだっけ」のパレード。おもしろい本には時に説明のできない部分(が、その本の基底を成す思想)が必要だと思うが、場所というのはそこを静かに担保してくれることがある。

 こうして「本のあるところ ajiro」は始まっていき、次第に時の厚みがお店に刻まれていった。昨年秋には保苅実展を行った。2004年に32歳で早逝した歴史学者の保苅実さんの生前唯一の著作『ラディカル・オーラル・ヒストリー』出版から20年のタイミングでの開催で、保苅さんが撮った写真と著作からの言葉を店内に掲示したのだ(西南学院大学の一谷智子さんが保苅実さんの姉・由紀さんとともに店を訪ねてくださったのが展示開催のきっかけとなっている)。この頃ちょうど『BEFORE・ラディカル・オーラル・ヒストリー 保苅実著作集』として2冊の集成が「図書出版みぎわ」から出始めたのだった。保苅実展と合わせて、「『ラディカル・オーラル・ヒストリー』20年間の旅とこれから」というトークも開催することができた。

 脱線するが(また「飛躍」だが)、「図書出版みぎわ」は堀郁夫さんによって2022年に設立された。彼が別の版元にいた時に編集した『雪を待つ』(ラシャムジャ)で私はチベット文学に出会い、一気に魅了された。2015年のことだった。本書の読書会で訳者の星泉さんと知り合い、その後一緒に短編集『路上の陽光』(ラシャムジャ)を作らせてもらうことにもなった(ラシャムジャさんと星さんもこの書店に来てくださったことがある)。また、保苅実展のトークの場には保苅さんの言葉から展示タイトルが採られた「歴史する! Doing history!」(福岡市美術館、2016年)に出品したアーティストたちも集まった。こうした縁が不思議なかたちで生まれて、時に交わっていくことが、何よりも嬉しい。

 編集を担当した『私が諸島である カリブ海思想入門』(中村達)はカリブ海をひとつの世界として認識し、その独自の思想を体系化する著作で、昨年サントリー学芸賞を受賞した。私自身もともとカリブ海文学や思想には興味があったのだが、そのきっかけとなったのが、エドゥアール・グリッサンの『レザルド川』だった。一読後、あまりの衝撃にくらくらした。今年2月には「本のあるところ ajiro」で「エドゥアール・グリッサンと『カリブ海序説』」展を開催した。エドゥアール・グリッサンの主著『カリブ海序説』の翻訳がインスクリプトより刊行され、そのタイミングで『カリブ海序説』原著のほか、貴重な関連書籍やTシャツなどをグリッサンの著作の一節とともに展示した。『カリブ海序説』の訳者で、この展示に多大なるご協力をいただいた中村隆之さんのトークを開催することができた。縦横無尽に展示空間をも使って行われる、すばらしい時間だった。

2025年1~2月に開催した「エドゥアール・グリッサンと『カリブ海序説』」展(本のあるところ ajiro)。中村隆之さんが全面的に協力してくださり実現した。
2025年1~2月に開催した「エドゥアール・グリッサンと『カリブ海序説』」展(本のあるところ ajiro)。中村隆之さんが全面的に協力してくださり実現した。

 そしていまは、大江満雄展を開催している。国立ハンセン病資料館の学芸員である木村哲也さんに編者を務めていただき、今月『大江満雄セレクション』を出版した。ハンセン病療養所の入所者による合同詩集『いのちの芽』を編んだことでも知られる詩人の代表的な詩63篇と散文8篇を収めている。

けれども わたしたちは いま 日本語を あらためなければならぬ
いのちのあるものに しなければならぬ(大江満雄「日本語」より)
彼のなかに 私がいる。
盲目で掌のないハンゼン氏病者 舌で点字を読んでいる彼のなかに。
舌で木や花にさわって視ている彼のなかに。(大江満雄「海での断想」より)

 大江満雄を知ったのは、木村さんの著書『来者の群像 大江満雄とハンセン病療養所の詩人たち』(編集室水平線)によってだった。2018年ごろ、営業部にいた時に西荻窪にあった忘日舎を訪ねた。その時は出版社合同の韓国文学フェアをやってもらえないか打診に伺ったのだと思う。店主の伊藤幸太さんが強く勧めてくれたのが本書だった。移動中に貪るように読んだ。大江満雄のことをもっと知りたくなった。その後、国立ハンセン病資料館で2023年に企画展「ハンセン病文学の新生面 「いのちの芽」の詩人たち」が開催され、これが後押しになり、2024年には詩集『いのちの芽』(大江満雄編)が岩波文庫として復刊された。『大江満雄セレクション』はプロレタリア詩運動の中心で活躍した後、戦争詩の時代を経て、戦後の激動期を生き抜いた詩人の歩みを丹念に追い、その折々の作品を収録している(ここでまた「飛躍」なのだが、編集室水平線は長崎を拠点にしており、最近では「伊藤明彦の仕事」という新シリーズも開始されている。編集室水平線の西浩孝さんにも先日書店にてお話しいただく機会をもてた)。

 駆け足で、書店「本のあるところ ajiro」という場のちかくで自生したさまざまを書いてきた。「本のあるところ」に人が集い、時に本が生まれもした。「人文書」の定義は詳しくはよくわからないが、ここにあったのはたしかに「人文的」な営みなのだと思っている。「飛躍」であってもなんでもござれ、というのが場の力だ。何でも受け止める大きな器だ。

詩は汝──他者──へのとくじつな言葉歩みといいたいのです。己を他者に打明け他者の声をきくものとして関係的に在りたいから、わたしは詩の言葉に精確、透明と直線を求めます。(大江満雄「詩の表現自覚」より)

 大江満雄の「対話の詩学」の粘り強さには圧倒される。「とくじつな言葉歩み」に向けて、粘り強く場をつくり、そこから生まれる本の力を信じたい。

編集を担当した本の一部。どの本にも気合い入っています。よかったらぜひ読んでみてください。
編集を担当した本の一部。どの本にも気合い入っています。よかったらぜひ読んでみてください。

次回の編集者は

 次のバトンをお渡しするのは、人文書院の浦田千紘さんです。
 浦田さんは『99%のためのフェミニズム宣言』や『布団の中から蜂起せよ』など力作を手掛けておられますが、出会ったのはお互いが営業部だった時代。いつもしなやかな思考をつむいで、いい本をたくさん作っている敬愛する編集者です。河原町で飲んだのはいつだったろう。また飲みに行こうね!

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