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絶望を迂回しながら本をつくる  「花束書房」代表、編集者・文筆家 伊藤春奈 (編集者リレーエッセイ第15回)

記事:じんぶん堂企画室

あるフェミニストとの出会いから

 雑誌「シモーヌ」などを編集する山田亜紀子さん、エトセトラブックスの松尾亜紀子さんに続き、私もフェミニスト編集者として本をつくっている。

 花束書房を始めたのは2022年。100年前、わずか6年ほど命を燃やすように活動して世を去ったフェミニスト、北村兼子の著作を復刊するのが目的だった。

 兼子は、朝ドラ『虎に翼』の三淵嘉子より少し早く刑法を学び、フェミニストとしてメディアで発信し続けた人だ。あまりに論旨明快、鋭い発言ゆえに同業者からセクハラ、誹謗中傷を受けたが、それを「怪貞操」と皮肉って同名の著作とレコードで告発してみせた。自身に投げつけられた「淫乱」といった中傷の礫を、自分の言葉にして投げ返す。今では珍しくないそうした闘いを1920年代にやってのけた勇気に、胸が熱くなる。優生思想に反対し、朝鮮独立運動や被差別部落の解放運動にも共鳴するなど、当時のフェミニストとしては独自の言動を見せてもいる。いつもは一匹狼として立ち、運動のためには一歩譲ってほかの女性たちと連帯を試みた姿勢も、学ぶところがある。

 亡くなる1931年前後は、軍拡に反対する文章が目立って増えた。

世界の勢は変りました。職場で働いて国に尽すよりも平和のために力を入れて人類のために働くのが根本的です。いまの調子で国力の競争に入っては行き詰った時には大砲の力で打ち破らねばならぬ。(中略)
軍備を廃します。租税を減じます。生活を安楽にします。心の不安を去ります。面白く遊びたい。熱心に勉強したい。快よく働きたい。その楽土は平和に向って団結することによって現われます。「平和の使者」1929、平凡社刊『情熱的論理』所収

『未来からきたフェミニスト 北村兼子と山川菊栄』(2023年)。左下は、寄稿してくれたmaccaさん作、北村兼子ブローチ3種
『未来からきたフェミニスト 北村兼子と山川菊栄』(2023年)。左下は、寄稿してくれたmaccaさん作、北村兼子ブローチ3種

 2017年頃から兼子のテキストをブログやSNSで紹介するようになると、注目してくれる人がじわじわと増えていった。バトンを渡してくれた松尾さんもそのひとり。

「エトセトラ」では「女人禁制」を軸に日本社会の性差別を考える連載などのほか、特集編集(VOL.9「NO MORE 女人禁制!」)をさせてもらい、天皇制、仏教、古典文学、ハンセン病と朝鮮人女性、部落女性など、自分ではカバーできない分野の書き手とともにこの問題を考えることができた。自分でたどりついた歩みの上にあるのがひとり出版社=花束書房だとすれば、雑誌で各地のフェミニストとつながることも、自分のエッセンスを他人に手渡すことだと実感する仕事だった。

『帝国主義と闘った14人の朝鮮フェミニスト 独立運動を描きなおす』(左)と、『脱帝国のフェミニズムを求めて 朝鮮女性と植民地主義』(右)
『帝国主義と闘った14人の朝鮮フェミニスト 独立運動を描きなおす』(左)と、『脱帝国のフェミニズムを求めて 朝鮮女性と植民地主義』(右)

「脱帝国のフェミニズム」実践がひとつのテーマ

 私は子どもの頃から歴史の本が好きで、やがて幕末維新期にハマり、仕事にもつながった。吉田松陰に始まる征韓論、その後の侵略政策、そして今の排外主義につながる植民地主義を考えるうえで再考すべき時代だと考え、書き手としても編集者としてもテーマにするようになったのだ。並行して、女性史との出会いから、日本史の枠内で歴史を見ることの限界に気づき、打開する道のひとつとして花束書房をつくった。

 その視点をくれたひとりが『脱帝国のフェミニズム 朝鮮女性と植民地主義』(有志舎、2009)の著者、宋連玉さんだった。花束書房では、一緒に仕事をしたい人には当たって砕けろ式に頼んでみようと決めていたので、2023年に出版した『未来からきたフェミニスト 北村兼子と山川菊栄』で宋さんに執筆を引きうけていただいたときは、とてもうれしかった。続く翻訳書『帝国主義と闘った14人の朝鮮フェミニスト 独立運動を描きなおす』(ユン・ソンナム画、キム・イギョン著、2024)では、翻訳者として宋さんと再度ご一緒できた。韓国の民主化運動、フェミニズム運動の原点ともいえる女性たちの独立運動を、朝鮮女性史、近現代史、分断史などを研究してきた宋さん・共訳者の金美恵さんの翻訳で読める日本版は、きわめて重要だ。ふたりのあとがきでは、在日朝鮮人フェミニストが国家間でこうむる制度的差別、南北分断の余波、日本社会の根深い植民地主義、「脱帝国のフェミニズム」を実践することの難しさ……などなど、伝わりにくい現実を綴ってくれている。

 本ができてから、金さんがなにげなく言った「私たちの本」というフレーズがうれしくて、私も使うようになった。いつ聞いても、またいつ口にしても心が浮き立つ言葉だ。こういう言葉や、大切な人に出会うために本をつくっているのかもしれない。

『戦争と芸術の〈境界〉で語りをひらく 有田・大村・朝鮮と脱植民地化』。チョン・ユギョンさんによる「大村焼」とともに
『戦争と芸術の〈境界〉で語りをひらく 有田・大村・朝鮮と脱植民地化』。チョン・ユギョンさんによる「大村焼」とともに

やり過ごさないために

 花束書房の仕事は、イコール人生というか、「仕事」であって「仕事」ではない感じがある。規模が小さすぎてビジネスになっていないからでもあるが、こうも政治と社会が悪化し、物価高騰が続くと、続けられるのか不安が募る。

「なんとか続けていく」術だけは長けている自負が、後期氷河期世代の自分にはあったつもりだ。絶望感には慣れっこなのだ。そんな私でも、一緒に本をつくりながら力をもらえたのが、昨年出版した『戦争と芸術の〈境界〉で語りをひらく』の著者、山口祐香さんとチョン・ユギョンさんだった。アーティストのチョンさんが制作した架空の焼き物「大村焼」を起点に、ふたりの対談や寄稿をまとめた、一風変わったたたずまいの本だ。

「大村焼」は、豊臣秀吉の朝鮮出兵の折に連行されてきた陶工が創始した有田焼の手法で、大戦末期に有田でもつくられた陶製手榴弾を型取りしている。「大村」とは、1950年、「不法入国者」とされた朝鮮人を強制送還するためにできた大村入国者収容所(長崎県大村市。現・大村入国管理センター)を指す。

 本の制作中に行われた参院選では、立候補者たちが差別発言をまき散らし、暴言が吹き荒れた。しんどさに仕事の手が止まりそうになっていると、選挙権を持たないチョンさんが、この選挙について山口さんと対談がしたい、山口さん、伊藤さんと考えを共有したいと提案してくれた。ふたりの対話を聞きながら、やっぱりこうやって話さなくては、諦めてはいけないのだと、息を吹き返すようだったのを思い出す(対談は花束書房HPで公開中)。同時に、私は「やり過ごす」術も身についてしまったのではないかと、ちょっと反省した。

 これからの本づくりはどうなっていくだろう。絶望感には慣れても、自由や尊厳といった大事なものを奪われて、絶望したくはない。絶望を迂回しながら生きる、人と出会う、本をつくる。それならまだやっていけるだろうか。私にとって「人文」とは、なにか深淵なものではなく、生きるための切実さそのものだ。

次の編集者は

 次のバトンは、少し似たテーマの本を出していることからも注目してきた、里山社の清田麻衣子さんに。書評を書かせてもらった『〈寝た子〉なんているの? 見えづらい部落差別と私の日常』(上川多美著)は、じっくりと誠実につくりあげたことが伝わり、書き手としても編集者としても刺激を受けた名著だ。清田さんが拠点とする福岡にオープンしたスペース「dongbaek(トンベク)」に、早く遊びに行きたいです。

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