1. じんぶん堂TOP
  2. 歴史・社会
  3. 2025年、今、アメリカで何が起こっているのか? ──『戦争と西洋』(西谷修著)より

2025年、今、アメリカで何が起こっているのか? ──『戦争と西洋』(西谷修著)より

記事:筑摩書房

日米共同記者会見で質問する記者を指名するトランプ米大統領=2025年2月7日午後2時50分、米ワシントンのホワイトハウス
日米共同記者会見で質問する記者を指名するトランプ米大統領=2025年2月7日午後2時50分、米ワシントンのホワイトハウス

トランプ再登場と西側世界のパニックのなぜ?

今、世界はパニックに陥っているようだ。アメリカに「専制君主(独裁者) 」が出現した? そしてアメリカが「西側(西洋)」を裏切った? アメリカは自由と民主主義の国、繁栄する世界のリーダー、文明の未来だったはずなのに…。

 世界は「民主主義国と専制主義国」が対立し、専制主義国の野心でヨーロッパでも東アジアでも「戦争の危機」が高まっている、というのが昨日までの「西側」の通念だった。

 ところが、「ばかな戦争にアメリカを巻き込み、アメリカ人を踏み台に闇で操り稼ぐ勢力」があって、それが「アメリカ没落の元凶」と言うトランプが登場。最初は「陰謀論」とか「Qアノン」とか言われて追い落とされたが、それでも「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン(MAGA)」のスローガンで大統領に返り咲き。アメリカのグローバル展開の影で辛酸をなめた「ラストベルト」出身のJD・バンスも、のし上がって入った西海岸の「エリート社会」の居心地悪さから、トランプの主張に共感する。彼らの「敵」は、アメリカをダメにしたエリートたちのシンジケート「ディープ・ステート」と、そのイデオロギーである「グローバル民主化」勢力だ。

ヨーロッパへの介入とアメリカン・イデオロギー

 これにうろたえるのは「民主国家vs.専制国家」で「危険な専制から民主世界を守る」というイデオロギーを掲げ、それを受け入れてきた人たち、つまり「西側」諸国、EU、日本などの「民主派」の人たちだ。彼らは、「危険」とみなす「専制国家」の体制や「独裁者」を指弾し、それを打倒してその国や脅かされた国の人びとを「解放」することをよしとする(そのためにアメリカは戦争する)。

 だが、じつはこの図式は、「自由主義vs.共産主義」ついで「文明vs.テロリスト」の焼き直しで、その原型は「ナチズムから自由世界を守る」という、第2次大戦時のアメリカのヨーロッパ戦線参入のスローガンにある。さらに言うなら、モンロー主義でヨーロッパのもめ事には関わらなかったアメリカが、最初にヨーロッパ戦線に介入するとき(第1次大戦末期)に、世論説得に使われたのが「ヨーロッパに民主主義を!」だった。

 トランプはこういう図式を認めない。ヨーロッパの戦争への介入が、アメリカを世界秩序の拘束枠に絡めとり、それを利用したエリートたちのシンジケートがアメリカを没落させた、と考えているからだ。最初、彼は政治の素人としてMAGAを掲げ、大方の予想を裏切って大統領になった。だが大統領になっても、国家運営システムのなかで包囲網はきつく、思ったことができないままホワイトハウスを追われて再選はならなかった。だが今回は、「神のご加護」もあって、アメリカは再び「偉大な大統領」を選んだのだ。

 1期目にトランプを追い落としたのは、壊そうとして果たせなかった「ディープ・ステート」だ。もはや素人ではない今度は、まずそのシンジケートの解体から仕事を始めた。

 つまり、今アメリカに起こっているのは、その「内戦」の後始末である。選挙には勝った。そうしたら大統領の仕事は、まず「敵」の解体である。どういう手順で戦うのか、トランプ陣営には準備があったようだ。それが閣僚の布陣によく表われている(軍、CIAの解体、政官産学結託[とくにバイオ・ケミカル]の解体、そしてUSAID[アメリカ合州国国際開発庁]の解体、ただし無くすのではなく「偉大なアメリカ」にふさわしいように改編)。

アメリカの「政変」──国際関与派(グローバル・エリート)とラフな不動産屋

 アメリカの「政変」に選挙権をもたない外国の我々は介入できない。すべくもない。なのになぜ、プロレスの観客よろしく、逆上して一方だけをけなさねばならないのか。無法者だとか、ロシア寄りだとか、プーチンに弱みを握られているとか…。トランプはかつてプロレス興行(WWE)に関わっていた。自分もオーナーとしてリング際で見せ場を作るのは得意だ。だから彼は大見えを切る。客のブーイングさえ稼ぎのネタにする。それを外国の我々が必死になってブーイングするのは、もう日本も「アメリカ」だと思い込んでいるからではないのか? 今では大リーグが日本で一番人気のスポーツ・エンタメであるように。

 トランプを暴君とか専制君主とか呼んでけなしたつもりになるのは、「アメリカ」についての、ナイーブな無知のせいだと言わねばならない。なぜなら彼こそが「アメリカの自由」の権化だからだ。アメリカの場合「自由」は基本的に「私的」である。 「分かち合う」ものではない。「他者」を眼中におかず傍若無人に振舞う。トランプは何を隠そう「アメリカの地金」なのである。

 アメリカとはどういう国か、あらためて確認しよう。

 ヨーロッパ渡来の白人が、先住民をいないことにして土地を強奪、私的所有権を金科玉条に、それに基づく「自由の国」を作った。もともと株式会社(植民地開発会社)によって作られたその「国々(13州)」は、イギリス国王が税金を吸い取るのを不当だとして「合州国」政府を作り、イギリスの徴税権を排除した(それを「独立革命」と言うようだ)。「合州国」はもともと株式会社(植民地開発会社)=私企業の組合だから、ヨーロッパの主権国家群とは成り立ちがまったく違う。だから独立後、「西半球の例外化」を主張して、ウェストファリア体制の「古いヨーロッパ」に対して三下り半を突きつけた(モンロー宣言)。

 その後は、大陸内の「フロンティアの西進」で、自然の大地すべてを「不動産」に転換した。それを私的所有権の法制度が支える。「新世界」だから封建制の束縛はない。みんな平等だ。獲った者勝ち。何でも物件化したら自由処分も売買もできる。大地にある物すべてが財産になる。

 その「すばらしい新世界」建設のキーマンが、不動産屋だったのである。

イデオロギーとエリート・シンジケート

 そのころのアメリカは「偉大」だった。西半球で傍若無人でいられたから。ところが「老いたヨーロッパ」は仲間割れで大戦争(1914年以降)、イギリスが出奔した放蕩息子に助けを求める。アメリカは助けに行き、老いぼれ帝国に代わって「西洋=西側」の家督を継ぐ。そして以後の世界統治にリーダーとして関与する。

 初めはよかった。戦争で荒廃するのはいつも海外で、アメリカは繁栄する一方だ。ところが冷戦期になると、国がいつの間にか戦争中毒(公共事業としての戦争?)になり、軍政官学産複合体ができて、それが政治を左右するようになる(アイゼンハワーが退任時に警告した)。この複合体は世界に対立と戦争があることで繁栄する。そしてやがてこの複合体は、世界統治するアメリカ国家を自分たちの担ぐ神輿みこしにしてしまった。そのとき国民を動かすのに必要なのがイデオロギーだ。エドワード・バーネイズはそれを「同意形成の工学」と言っていた。

 10年間のベトナム戦争、南米各地での政権転覆工作(CIA)、ソ連崩壊後には、EUの自立を抑えてNATO(北大西洋条約機構)拡大、そして湾岸戦争、以後、世界の警察官役が負担になると、皆でやれ(敵につくか、味方につくか!)と「テロとの戦争」…。あちこちに戦争地雷をしかけて、そのたびに「民営化・私物化」で儲けるというアメリカの「ショック・ドクトリン」を操るエリート・シンジケートが、いつしか国内産業を空洞化させた。そのうえ各地から移民が流入し、そうして「アメリカ(人)」の凋落を招いてきた。なのに戦争屋連中が、世界にいい顔をするために人権だとか弱者保護だとか多様性だとか言う。そのせいで「アメリカ人」が割を食い見捨てられてきた(「逆差別だ」!)。それに連中は、アメリカを作り出してきた不動産屋やプロレス興行を「野卑」としてバカにする。だから「アメリカ・ファースト」、「アメリカを再び偉大に」。それがもの言わぬ見えない有権者たちの強い支持を得て、トランプは再び彼らのチャンピオンになった。

グローバル関与派と「西側」(ヨーロッパ)

 トランプの「敵」は、まず国内の「グローバル民主化派」であり、対外的には「アメリカを戦争に引き込んだ」ヨーロッパ(!)なのである。ヨーロッパはアメリカを戦争の「国際秩序」に引き込んで、アメリカにもたれるからだ。

 またトランプは、世界を都合よく分断するエリートたちの「イデオロギー」を認めない。それでも中国と敵対するのは、中国が周辺で「人権抑圧」する専制主義国だからではなく、たんに「アメリカの偉大さ」を曇らせる最大のライバルだからだ。「アメリカの偉大さ」を維持するために、EUのデンマークなど無視して、グリーンランドを買うと言う(合州国はフランスからミシシッピー流域を買い、カリフォルニアもメキシコから買い、最後にアラスカもロシアから買って大きくなった)。カナダには51番目の州になれと言う。戦争ではなくディール(脅し取引)でやるから問題ない、と。

 国内の「グローバル民主化派」言いかえれば「世界秩序関与派」は、理屈で「アメリカの正義」を演出し、トランプを「危険な獣」のように見る。ヨーロッパ(今ではEU)は、手のひらを返されたと大慌てだ。

 アメリカは冷戦後、ヨーロッパをNATOで縛って自立を許さなかったのに、今度はNATOをお荷物だとかタカリだとか言って、ヨーロッパの命綱を切ろうとする。しからば何としてでも対ロシア戦争に再び引きずり込み、責任をとらせてやるとEUは息巻くが、結局はアメリカにタカるという老醜をさらけ出す。ウクライナのゼレンスキーに至っては、もう対話も成り立たない。「戦争をやめろ」というトランプに、 「援助がなければ戦争ができない」「止めるから金よこせ」としがみつく(もともとは英米がやれっ!とけしかけた戦争なのに…)。EUは、ともかくロシアを叩くため(昔ナポレオンとヒトラーがロシアを蹂躙したから「報復」が怖い)、10年でもウクライナに戦わせるつもりだった(2024年のEU会合)。そんなことはお構いなしのトランプの動きに、西側イデオロギーがOSデフォルトのメディアは大混乱で大騒ぎ。

日本のとる道、自立と第三の道

 今、アメリカで起こっているのはそういうこと、つまり、かつて「アメリカの栄光」を作ってきたふたつの「アメリカ」が分裂し、「国際社会」を巻き込んで互いの潰し合いをしているということだ。いずれにしてもこれ自体がまぎれもない「アメリカの没落」を示している。

 では、日本はどうすればいいのか。これははっきりしている。今アメリカは「同盟国だなんて甘ったれるな、もう凭れるな」と言っている(なのに日本では隠れネオコンが「防衛整備」を推進)。だからこれを機会に、日本はほんとうに「自立」すべきだろう。

 じつは(ヨーロッパと同じように)冷戦後にも日本には自立の機会があった。ところがそのころは「世界の一強」アメリカに盲従するしか能がなく、構造改革から憲法無視の軍拡まで、すべて言われるままに受け入れて、その結果が「失われた30年」だった。今こそ日本も自立し、グローバル化した世界のなかでの新しい立ち位置を見出ださねばならない。

 ただ、そのとき間違っても、また「脱亜入欧」をやってはならない。G7(西洋先進国)の一角をしめようなどと、見掛け倒しの難破船に縋りついていては未来はない。むしろ、かつての「第三世界」(西でも東でもない独自の連携)の系譜をつぐBRICS+諸国と新たな関係を構築し、とりわけ隣国中国とはこじれた関係を結び直す。そして、アメリカが仕切ってくれない世界、もっと言うなら「西洋の没落」後の世界作りに積極的に貢献すべきだろう。まさに今、アメリカとヨーロッパが再分裂し、西洋の世界制覇の時代が終わろうとしているのだから。

西谷修『戦争と西洋 ──西側の「正義」とは何か』(筑摩選書)
西谷修『戦争と西洋 ──西側の「正義」とは何か』(筑摩選書)

『戦争と西洋 ──西側の「正義」とは何か』目次

第1章 世界戦争とは何だったのか
第2章 戦争と西洋――〈世界戦争〉への道
第3章 「冷戦」の基本構造
第4章 核兵器とは何か
第5章 西洋の次なる「敵」と新しい「正義」
第6章 戦争とメディア
第7章 「テロとの戦争」はいかにして起きたか
第8章 「テロリスト」という非存在
第9章 戦争の「民営化」
[閑話休題]加速する時間の先に
第10章 「アフガン戦争」とは何だったのか
第11章 イラク――「ならず者国家」の市場解放
第12章 文明のための「衛生的」な戦争
第13章 核の恐怖とテロリズム
第14章 ウクライナ戦争が炙り出す〈西側〉の欺瞞
第15章 イスラエル――ガザ攻撃に見るアメリカとの相同性
第16章 ヨーロッパと反ユダヤ主義
第17章 〈世界戦争〉80年後の世界
[付論]2025年初頭、今、アメリカで何が起こっているのか? ★本記事として公開

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ

じんぶん堂とは? 好書好日