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健康的に年を取りたければ、宗教の知恵に学べ――伝統的な宗教儀式やしきたりを解明する『御利益を科学する』

記事:白揚社

デイヴィッド・デステノ『御利益を科学する――宗教の儀式や祈りはなぜ効くのか』(白揚社、児島 修訳、2025年)
デイヴィッド・デステノ『御利益を科学する――宗教の儀式や祈りはなぜ効くのか』(白揚社、児島 修訳、2025年)

健康寿命を延ばす新しいツール

2001年、米国メイヨー・クリニックが、宗教と健康の関係を調べた過去30年間の研究数百件の結果を系統的レビューによって総合的に分析した。その結果、宗教には「ワクチンのような効果」があることがわかった。つまり、宗教には病気を予防する効果があるというのだ。

日本は世界でも有数の長寿国だが、大事なのは健康寿命。だれだって、できることなら健康な状態を長く維持したいはず。そのためには、健康的な食生活と運動、睡眠……。シンプルだけど、これを続けるのはなかなか難しい。そこで、伝統宗教が生み出した知恵を応用することで、健康になるための新たなツールを手に入れられるとしたら、どうだろうか?

信念と儀式がもたらす効果

宗教がもつ病気を予防する効果とは、具体的にはどんなものか?

たとえば、ある大規模な研究では、21歳から65歳までの5000人以上を28年間追跡した結果、年齢や肥満度指数(BMI)、基礎的な健康状態、教育レベルなどの要因を調整しても、宗教に積極的な人は、そうでない人に比べて追跡期間中の死亡率が23%低かった。

65歳以上の成人約4000人を追跡した別の研究でも、宗教活動の積極的な人は、そうでない人に比べて高血圧になるリスクが4割低いことが確認されている。さらにメイヨー・クリニックの報告では、信仰心が心臓の健康に及ぼす影響を調べた研究の75%、血圧に及ぼす影響を調べた研究の87%で、実際に良い効果が認められたという。

これだけ大勢の人を対象とした大規模な研究で健康効果が認められ、エビデンスレベルの高い系統的レビューでも健康に対する有用性が確認されたのだから、宗教は実際に人を健康にする力があるのだろう。

そうなると気になるのが、宗教はどのようにして人々を健康にしているのか、ということだ。著者によると、宗教が健康に作用するルートは二つあるという。

一つ目は信念だ。多くの宗教は身体を神聖なものとみなすことで、過度の飲酒や喫煙、薬物などで汚さないように導く。これは健康的な行動を促すというもので、納得はするが、特に驚きはない。だが、信念は神経レベルでも作用することがわかっている。宗教の教えを守り、信じている人は、脳の中の前帯状皮質という部分の活動が落ち着いている。前帯状皮質は「警報ベル」のようなものであり、不安や脅威を感じると活発に活動する。不安障害に苦しんでいる人では、この前帯状皮質の活動が活発であることがわかっている。宗教的な信念を持つ人は前帯状皮質の活動が弱い。これは、日常生活のストレスの低さと信仰との間に認められる関連性の有力な説明になるという。

二つ目は儀式だ。宗教の儀式では、大勢が一緒に同じ文言を唱えたり、歌ったり、祈ったり、体を動かしたりする。これによって、心拍数や呼吸数、身体の動きが同期して、深いつながりの感覚を生み、孤独感から信者を守っているのだという。孤独は喫煙と同レベルの悪影響を健康に及ぼすと言われ、具体的にはウイルス性疾患や心臓病、糖尿病、睡眠障害、高血圧などの病気の一因になる。

著者は、同期運動の心理に与える影響を調べる実験を行った。被験者を二人一組にしてヘッドフォンから流れてくるビートに合わせて手を叩いてもらう、というもの。被験者は初対面の人たちで、同期されたビートに合わせて手を叩く(手を叩くタイミングが同じ)グループと、ランダムに流れるビートに合わせて手を叩く(手を叩くタイミングが異なる)グループに分けられた。この後、ペアのうちの一人が別の難しい課題を解く場面になったとき、パートナーが課題を手伝う割合が、手を叩くタイミングが異なるグループでは18%だったのに対し、タイミングを合わせて手を叩いたグループでは49%だった。思ったより手伝う人が少ないのが気になるところだが、ここで注目すべきは、同期された運動を行った人はそうでない人よりも3倍も協力的な行動をとったということだ。

もちろん、著者はこの実験が無味乾燥な研究室で行われている点をちゃんと断っている。しかし、教会での礼拝や、祭りのような場面で同期運動を行ったときのほうが、実験室で行うよりも、さらに強いつながりの感覚が生まれるのではないだろうか。同期運動を伴う儀式によって、孤独感が大幅に抑えられるというのは納得のいくものだった。

ノースイースタン大学心理学教授、『なぜ「やる気」は長続きしないのか』、『信頼はなぜ裏切られるのか』(いずれも白揚社)などの著作を持つ。
ノースイースタン大学心理学教授、『なぜ「やる気」は長続きしないのか』、『信頼はなぜ裏切られるのか』(いずれも白揚社)などの著作を持つ。

「無宗教」の人でも生かせるヒント

多くの日本人にとって宗教は仏教や神道であり、正月の初詣や厄払い、結婚式、お宮参りや七五三、葬式など、儀式やイベントを通してのみ接する存在だ。信仰心がそこまで強くない場合、ここで紹介した恩恵を受けられるレベルで活動するのはハードルが高い。

しかし本書によると、二つ目の儀式に関しては、宗教的な要素を取り除いても、同様の効果が得られることがわかっている。この例でいえば、大勢の人と一緒に同期運動をするだけで孤独感が抑えられるのだ。ということは、たとえば市民講座でダンスや合唱に参加するとか、もっと手軽に夏祭りで盆踊りの輪に入ってみるとか、そういうちょっとした工夫を取り入れることで、より健康的になれるのかもしれない。

本書ではこのほかにも、妊娠や子育て、成人や結婚にまつわる慣習が当人たちをいかに支えているか、中年期特有のメンタルの危機や近しい人の死や自分自身の死と向き合うときに宗教がどう力になってくれるのかといった、様々な観点から宗教がもたらす恩恵を心理学的・科学的に分析する。

そうした慣習は思っていた以上に理にかなったもので、科学とテクノロジーに頼り切った生活を送る私たちにも必要なものではないかと思えてくる。著者は、それを「宗教資源」という言葉を使って言い表す。薬学研究者が、植物や微生物などの生物資源から薬の候補物質を探して新薬を開発してきたように、伝統的宗教が発明してきた有用な慣習を宗教資源として、それらを研究し、目的に合った儀式や慣習を再発明することを提唱している。

どこまでも、科学的にアプローチをしようとする本書だが、宗教とは距離を置いた付き合い方のする人の多い日本人には納得感があり、共感できるところが多いと思う。具体的にどのような儀式に、どのような効果があるのか、そしてそれらをどのように活用するのかについては、本書で確かめてもらいたい。

(白揚社編集部)

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