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「日本人は無宗教だ」と言うのは、誰が、いつから言い出した?――『日本人無宗教説』(藤原聖子編著)より

記事:筑摩書房

宗教をめぐる日本人のアイデンティティ意識の変遷を解明する、裏側から見た近現代宗教史。
宗教をめぐる日本人のアイデンティティ意識の変遷を解明する、裏側から見た近現代宗教史。

日本人無宗教説の起源をめぐって

「日本人は無宗教だ」とはよく聞くフレーズだ。また、本当にそうなのかについても熱い議論が繰り広げられてきた。たとえば『日本人はなぜ無宗教なのか』(1996年)の著者、阿満利麿は、日本人は実際には無宗教ではないと説いた。日本人の多くが自分を無宗教だと思うのは、その宗教という言葉で、キリスト教をモデルとする創唱宗教をイメージするからであり、初詣や祭りは宗教ではないと思っているからだと言う。そういった、教祖も教典も教団もない、自然発生的な宗教の信者である日本人は大勢いると阿満は論じた。それに対して『日本人は本当に無宗教なのか』(2019年)の著者、礫川全次は、明治以前の日本人は宗教的だったが、現在の日本人は無宗教だと言う。阿満の言う自然発生的宗教、礫川の言葉では習俗にあたるものも現在は廃れているからというのがその理由である。

最初に「日本人は無宗教だ」と言ったのは誰なのか

 本書の読者の中にもこういった議論を知っている人は少なくないだろう。しかし、最初に「日本人は無宗教だ」と言ったのはどこの誰なのかについてはご存じだろうか。実はこの問いは、宗教研究の専門家の間でも話題に上ったことがなかった。学説として既知の事がらになっているものはないということである。

 コロナ禍が長期化することがわかり、大学での研究・教育に対しても制限が続いていた2020年秋、同じ宗教学研究室に所属する筆者たちはこの問いから出発した。日本人無宗教説はいつ頃登場するのか。その後もその説は継続的に現れるのか。説の内容やニュアンスは時代によって変わるのか。こういった疑問に総合的に答えている研究文献は未だないことを確認した。リモートでも自由に使えたのは大学図書館が契約している各種データベースだった。そこで、明治時代から存在する大手新聞(朝日・毎日・読売)のデータベースを主な資料とし手分けして調べることにした。これらの新聞は多様な人々による寄稿と全国に広がる読者からなる公共圏を形成しており、そこでの議論の変化を定点観測的に追いやすいという利点もある資料である。
 調べた結果、いくつかの大きな発見があった。

調査による3つの大きな発見

一  日本人無宗教説は、三紙の紙面上は、「無宗教」という語を用いるものでは明治10年代後半の記事が初出である。さらに三紙以外のとある新聞では明治11年に「無宗教」の使用例がある。だが、説そのものは早くも幕末維新期から存在していた。誰が最初に「日本人は無宗教だ」と言ったのかという問いへの答えは第一章までお待ちいただくとして、驚くのは、「宗教」という言葉が日本語に定着するよりも前から日本人無宗教説は存在したということだ。今も使われる「宗教」という言葉は、religion の訳語として1870年代に普及し始めたというのが現在の定説である。より正確には、「宗教」という諸宗教を総合する概念とそれを表す言葉は近代になって初めて生まれたということだ。とすると、「宗教」という日本語ができる前に日本人無宗教説を唱えた人がいるとはいったいどういうことか。なぜそんなことが可能だったのか。これについては第一章で解き明かしていく。

二  その後、日本人無宗教説は途切れることなく続いた。紙面からわかる限りは、現在に至るまで常に「日本人は無宗教だ」と言う人たちが存在したのである。ただし、その内容は時代によって変化した。発端から1970年代に入るまでは、新聞紙上の日本人無宗教説は主として、「日本人は無宗教だから、□□が欠けている」という論調だった。これを本書では〈欠落説〉と呼ぶことにする。欠落説は「無宗教で何が悪い。欠けているものなどない」「むしろ無宗教の方がよい」という開き直りの〈充足説〉も誘発したが、欠落説の方が優勢だった。欠けているとされる「□□」の中身は時代とともに次々と入れ替わっていった。第二章以降はその変遷を順にたどっていく。

三  1970年代以降は、欠落説も継続するものの、「日本人は実は無宗教ではない」「無宗教だと思っていたものは、「日本教」のことだった」「自然と共生する独自の宗教伝統があるのだ」などの説が増加した。これらのうち、欠落説への反論としてのものを〈独自宗教説〉としてまとめることにする。しかもその日本独自の宗教を称賛する、強気の説が顕著に見られるようになった。

藤原聖子編著『日本人無宗教説』(筑摩選書)書影
藤原聖子編著『日本人無宗教説』(筑摩選書)書影

『日本人無宗教説』目次

はじめに 藤原聖子
第一章 無宗教だと文明化に影響?――幕末~明治期 木村悠之介
第二章 無宗教だと国力低下?――大正~昭和初期 坪井俊樹
第三章 無宗教だと残虐に?――終戦直後~1950年代 藤原聖子
第四章 実は無宗教ではない?――1960~70年代 木村悠之介
第五章 「無宗教じゃないなら何?」から「私、宗教には関係ありません」に――1980~90年代 和田理恵
第六章 「無宗教の方が平和」から「無宗教川柳」まで――2000~2020年 稲村めぐみ
おわりに 藤原聖子

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