AI彼氏/AI彼女の時代に、人間の“親密さ”はどこへ向かうのか――『アルゴリズミックな親密性』を読む
記事:明石書店
記事:明石書店
本書は、Anthony Elliott(2023)Algorithmic Intimacy: The Digital Revolution in Personal Relationships. Cambridge: Polity. の全訳である。
アンソニー・エリオットは、社会理論や現代社会学にとって重要な業績を世に送り出し続け、世界的に大きな影響を与えてきた。とくに近年は、デジタルテクノロジー、ロボティクス、人工知能が社会に与える影響を調査している。それらの業績は、『The Culture of AI: Everyday Life and the Digital Revolution』(2019)[邦訳=遠藤英樹・須藤廣・高岡文章・濱野健訳(2022)『デジタル革命の社会学――AIがもたらす日常世界のユートピアとディストピア』明石書店]、『Making Sense of AI: Our Algorithmic World』(2022)、『Algorithms of Anxiety: Fear in the Digital Age』(2024)といった著作群に結実している。
本書はこうした著作群の中に位置づけられる。とくに、本書は、彼の大学院時代のスーパーバイザーであるアンソニー・ギデンズの問題意識を濃厚に感じさせるものである。かつてギデンズは、1992年に出版された『The Transformation of Intimacy: Sexuality, Love and Eroticism in Modern Societies. Redwood City: Stanford University Press[邦訳=松尾精文・松川昭子訳(1995)『親密性の変容――近代社会におけるセクシュアリティ、愛情、エロティシズム』而立書房]において、近代社会が再帰性を加速させていくとともに、家族やセクシュアリティのあり方も大きく揺れ動くようになったと主張した。
ギデンズによれば、かつての伝統社会において、「自分は何者なのか?」は、生まれた身分や家族、地域などといった外的な基準によって、ある程度決められていた。どの家族に生を受けたのかによって誰と結婚することができるのかが決まり、どの身分に生まれたのかによってどのような職業につくことができるのかが分かっていたのである。
しかしながら近代社会が成立して以降、事態は変わり始める。人々は、生まれた身分や家族、地域などから解き放たれ、脱埋め込み化され、職業、結婚、居住地、ライフスタイルなどを自由に選択できるようになった。そのため近代に生きる私たちは、自分自身の内側で絶えず「自分は何者なのか?」を再帰的に問い続けていかなくてはならなくなった。どの職業を選ぶのか、誰と結婚するのか、そもそも結婚をするのかしないのか、どこに住むのか、何に価値をおき、どのようなライフスタイルを選択するのか、どんな服装を身にまとい、どんなヘアスタイルを選ぶのか――このように自分自身のあり方を絶えず自覚的にモニタリングし、「自分は何者なのか?」にかかわる物語を紡ぎ続けていかなくてはならなくなっているのである。たとえば家族もまた、ライフスタイルやヘアスタイルと同じように、コミュニケーションの中で「個人が選択すべきもの」になっていると考え得る。それは、家族という親密な関係性も大きく変容してきたことを示している。ギデンズは、そのことを「親密性の変容」と名付けた。
本書は、以上のようなギデンズの議論をふまえて、現代において「親密性の変容」がどのように進展し、新たなあり方を示し始めているのかを論じている。いわば、ギデンズ流「親密性の変容」からの変容、すなわちAI時代における「親密性の変容」を考察したものである。
生成AIとのインタラクティブな会話や交流を通して、AIが創出したキャラクターが自分にとって大切な恋人やパートナーとなる「AI彼氏/AI彼女」「AIパートナー」などの例を思い浮かべればわかるように、私たちはすでに、AIが創出した人格と恋におちる時代に生きている。すなわち親密性という要素(node)はいまや、デジタルな情報の移動を駆動する多様なネットワーク(network)のもとで再考されるべきものとなっている。同様に、人間の創造性という要素(node)も、もはや、人とAIとのネットワーク(network)の中で実現されるようになっていることを考慮しなくてはならないのである。
それは、デジタル革命を経たテクノロジーを賢明に利用することで“幸せになれる”という思想(=単純なユートピア)に陥るのでもなく、逆にデジタル革命を経たテクノロジーにがんじがらめにされ、私たちの人間らしい生活が“疎外されてしまう”という思想(=単純なディストピア)に陥るのでもなく、人間の様々な要素(node)がいまや人とデジタルテクノロジーとのネットワーク(network)の中でこそ実現されるものとなっていることを真正面から受けとめ、《デジタルテクノロジーによって人間がどのように変わりつつあるのか》ということを考え続けるということである。同時に、その返す刀で、《変わりつつある人間によって、デジタルテクノロジーもどのように変化・深化を遂げているのか》ということを考え続けることでしかあり得ない。
本書では、これらのことが様々な事例を通して豊かに論じられている。いまや、私たちの暮らしの至るところに、デジタル革命を経たテクノロジーが介在するようになっており、そのことが、私たちの社会・人生・自己のあり方を大きく変容させている。では、それは、どのようにして、いかなる方向へと変容しているのか。私たちはアンソニー・エリオットから、AI時代の「親密性の変容」の議論をさらに洗練させ、新たな社会理論を構築していくプロジェクトに呼びかけられているのである。