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川村秀憲、大塚凱著「AI研究者と俳人」 人間とは、人工知能とは、横断的に

『AI研究者と俳人 人はなぜ俳句を詠むのか』

 唇のぬくもりそめし桜かな

 寂しいと言い私を蔦(つた)にせよ

 恋がテーマの句で、どちらかが人間の句、どちらかが人工知能の句、と言われたら、みなさんはどちらの句が人間の句だと思うでしょうか。

 最初の句が俳句を生成する人工知能「AI一茶くん」が作った恋の句。「蔦にせよ」が俳人・神野紗希さんの句。AIなかなかやるじゃないか。このどっちが人間が作ったのかというテストはチューリング・テストというらしい。どっちが作ったのかわからないところまで仕上げるのが目標だ。

 AIを扱った書籍は昨今非常に多く出版されているが、この本は一茶くんを開発する「AI研究者」と「俳人」がなにを考えているのか、という対談で類書とはやや毛色の違う内容となっている。人工知能と人間がこれまで詠んできた一句一句からいろんな情報を読みとり、俳句とはなにかと考えるところから、人間とは、知能と人工知能とはなにかにまで広がっていく様は、よくぞこの二人が出会ってくれたと感謝したくなるほどだ。

 しかも、人工知能研究者のなかでも「調和系」と言われる、人とAIが一体となったシステム観をもつ川村さんと、俳人のなかでも聖域をつくらず俳句を「詠む」ではなく「書く」と言う大塚さん。この二人だからジャンルを超えた横断的な会話が可能になった。

 「俳人には、デコード(=読み)とエンコード(=作句)におけるアナログ性みたいなものに対するフェチシズムがあるのだろうと思います」(大塚)「世界をどう見てどういうふうにエンコードするか、また情報をどうデコードして自分の解釈とするか、これはまさにそれぞれの環世界を垣間見ることだと思います」(川村)。俳句を情報工学の用語や、生物学者ユクスキュルまで引用して語った本なんていままで読んだことなかった! しかも読めばちゃんとこの一見意味不明な会話を私が理解できるようになっているのがビックリ。情緒的で、文芸的であるがゆえに、普遍的な評価が難しい世界をとにかく理屈っぽく捉えていくのが楽しい。

 散文や詩ではなく「俳句」というジャンルが存在していて本当に良かった。歳時記という膨大なデータが存在し、先行句がハッキリしていて、人間が「読む」ときにどういう情報処理をしているかもわかりやすい。このことで、俳句という形式を媒介として、人間が表現をし、また受け取るときになにをしているのか、また外的にそれを知るために現在どういう問題があるのかが見事に整理されている。新時代の俳句入門書、芸術入門書とも読めるだろう。=朝日新聞2022年5月21日掲載

    ◇

 dZERO・2090円。AI研究者で北海道大教授の川村さんは73年生まれ。同大調和系工学研究室を主宰する。俳人の大塚さんは95年生まれ。俳句同人誌「ねじまわし」発行人。