文系のための科学本ガイド⑦『善良なウイルス』(評・藤井一至さん)
記事:白揚社
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高校生くらいにもなれば、先生の言うことをたいして聞かなかった人も多いはずだ。それにもかかわらず、文系・理系という枠組み・進路だけは素直に受け入れ、その後の人生でも「自分は文系だ」と信じ込んでいる人も少なくない。好きなこと、得意なことを掘り下げるための専門性のはずだが、苦手なことをやらなくていい理由に使いがちだ。
今や経済学は数学や物理、考古学は分析化学の理解なしに進まない。文系、理系とは、断絶すればともに衰退していく相補的なものだ。ところが、本に数式や化学式が1つ入ると読者層が1桁減るという。出版社も避けるようになった。さらに、理系の研究者は本を書いても評価されない。すると、良質な科学読み物が減って読者も減るという正のフィードバックがかかる。
そもそも本当に理系の本が嫌いなのか。高校の時点では、先生との相性など偶然の要素に左右され、本当にその分野が好きか嫌いかを判断するところまで到達できていない可能性が高い。本も食わず嫌いのてらいがある。理系の中でも物理が好き、化学が好き、生物が好き、化学の中でも有機よりも無機が好きという具合で多様性が高い。丸山眞男が苦手な文系専攻の読者がいるのと同じだ。好きな本を読めばいい。苦手なところは飛ばして読めばいい。読書を好きになれと言われて好きになった人はいないはずだ。出会った本に、紹介された本に、救われることもあるかもしれない。
最近読んで面白かったものに『善良なウイルス』という本がある。コロナ禍に翻弄され、毎年インフルエンザの陰に怯える私たちには邪悪な存在でしかないウイルスの話だ。信じられないが、“善良な”ものもあるという。コロナウイルスなど私たちヒトが感染するウイルスの多くはRNAウイルスだが、本書は主にDNAウイルス「ファージ」が主役だ。専門用語が飛び出すと、もうおなか一杯だという人もいるかもしれない。少し待ってほしい。この本には、ホラー映画のようなスリル、大学医局さながらのドラマもある。
研究の能力は実は学歴と比例しない。高校を中退、軍隊を脱走したデレーユ青年はパスツールに憧れ、細菌ハンターとなった。第1次世界大戦中の兵士たちに赤痢が蔓延すれば、勇敢にもその排せつ物を集め、赤痢菌株を特定する。さらに、その赤痢菌を殺す(破裂させる)何者かの存在に気付く。これが後に「ファージ」(ウイルス)だとわかるのだが、それよりもずっと前にデレーユは赤痢菌を退治する技術に応用した。ところが、異端児デレーユはエリート研究者たちからは嫌われ、疑われ、ノーベル賞はついに受賞できなかった。ノンフィクション小説ファンにもたまらない泥臭い人間ドラマだ。
ファージ研究には、歴史ファンやホラー好きにもたまらないエピソードがある。独ソ戦の最中、野戦病院に横たわるナチスドイツ兵の遺体が消える事件が起きたというのだ。リスクを冒して遺体を盗んだ犯人はソ連軍。当時、ドイツ軍を苦しめていたのがコレラだ。自国民を守るためにコレラ菌を殺す救世主となるファージを発見するチャンスは、コレラによって犠牲となった遺体中にある。虎穴に入らずんば虎子を得ず、という話だ。コレラ菌を殺すファージ療法の開発によってコレラの蔓延を防いだソ連軍は戦争終結まで耐え抜くことができたという。
しかし、ファージ療法の効果は不安定で、抗生物質のようには普及してこなかった。これは、細菌や古細菌にはファージDNAを検知・破壊する免疫機構が存在するためだ。その仕組みこそ、ゲノム編集ツールとして応用されることになったCRISPR(クリスパー/2020年ノーベル化学賞)だ。抗生物質に耐性を持つ細菌がどんどん進化してくる中、ファージ療法は大きな期待を集めている。ノルウェーでは、世界最大級のファージ工場が建設中だ。SF小説のような現実と近未来をどのように受容(あるいは拒絶)するかは文理の枠を超えた議論が必要である。その材料を提供する良質な科学読み物を日本では母国語で読める。この文化を守り育てていくことは、腕のいい翻訳家、理系の研究者、出版社だけではできない。いつもは行かない書店の理工書の棚にも足を運んでみると、きっといい本との出会いがあるはずだ。