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日本の対米従属が妨げるアジア近隣諸国との和解――『近隣諸国の亡霊たちと歴史和解』

記事:明石書店

『近隣諸国の亡霊たちと歴史和解――なぜ日本は「過去」に取り憑かれ、ドイツは違うのか』
『近隣諸国の亡霊たちと歴史和解――なぜ日本は「過去」に取り憑かれ、ドイツは違うのか』

著者、ウォルター・ハッチ氏について

 日本を専門とするアメリカの政治学者ではもっともリベラルで、かつ論説記事やソーシャル・メディアなどでリベラルな立場から発信をつづけているという意味でも目立ってアクティブなのが、本書の著者であるウォルター・ハッチ氏である。現代のアメリカ政治学では、ともすると科学主義・客観主義の装いのもとに、(政治学としては皮肉なことに)「政治色」を薄めた射程の狭い研究が、実際には現存する権力構造を無批判に追認する保守性を有するにもかかわらず、厳密で正確な「科学的知見」を提供するものともてはやされるようになって久しい。その中で、本書を含めてハッチ氏の研究は、現実に今を生きる市民の問題関心や論争的な政治課題に深く関わるのが特徴である。

 こうしたハッチ氏の研究姿勢は、ひとつには彼が比較的「遅咲き」の政治学者であることと無縁ではないだろう。1977年に大学を卒業後、ハッチ氏は1990年に大学院に進学するまで、シアトル・タイムズ紙などで政治や経済をカバーするジャーナリストとして十余年、第一線で活躍していた。シアトルのワシントン大学大学院で国際学の修士号そして政治経済分野で博士号を取得し、1990年代末に学術の世界にキャリア・チェンジを果たしたわけだが、この経験は明らかに回り道というよりも、ハッチ氏の研究者としての視野の広さに貢献すること大であったに違いない。さらには、1990年代という、冷戦後の日米関係や東アジアにおける国際関係が経済・貿易面でも外交安全保障面でも大きく変動していった時代に、研究者生活をスタートしたことも、本書につながる一連のハッチ氏の東アジア地域主義・地域統合の研究を規定したのではないだろうか。

リベラルアーツ教育が生んだ政治研究

 しかし、このこと以上に研究者としてのハッチ氏を決定的に性格づけたのが、アメリカのリベラルアーツ教育だと私は理解している。そもそもハッチ氏がジャーナリストとなる前に学んだのが、アメリカ中西部屈指のリベラルアーツ・カレッジとして知られるミネソタ州のマカレスター大学であり、彼が大学院修了後、最近名誉教授となるまで専任教員として教鞭を執ったのが、西海岸のワシントン州シアトルから遠く離れた東海岸のメイン州にあるリベラルアーツ・カレッジの名門・コルビー大学である。「大学」と言っても、ユニバーシティーではなくカレッジと呼ばれるリベラルアーツ・カレッジはひとつひとつの規模が小さいこともあり、日本では新島襄や内村鑑三が学んだアマースト大学くらいしかほぼ知られていないが、アメリカにしかないタイプの高等教育機関である(日本の国際基督教大学が一番近い)。

 リベラルアーツ教育を教養教育と訳すことがあるように、狭い専門分野に特化せずに複合的な学術領域や学際的な学びを重視し、また都会型のキャンパスではなく、通常、自然豊かな環境にてほぼ全寮制をとり、大学院を持たない学部教育のみの少人数精鋭の教育機関としてリベラルな学問共同体を形成しているのである。あえて言うならば、巨大な大学院を擁する研究大学へと発展していったのがハーバード大学を含めたアメリカ北東部のアイビーリーグの大学であるのに対して、リベラルアーツ教育の原点を堅持しつづけて学部教育に専心しているのがコルビー大学などのリベラルアーツ・カレッジなのである(余談だが、このためハーバード大学の中でも学部教育は今でもハーバード・カレッジと称されている)。

 リベラルアーツ・カレッジの説明を長々としたのは、コルビー大学に勤めたハッチ氏が、小規模な大学かつ学際的な枠組みの中で優秀な学部生に接してきたことと合わせて、テニュア(終身雇用権)や昇任の審査に際して研究業績以上に教育能力や貢献が重視されるのが、研究大学の専任教員との大きな違いだからである。つまり、ハッチ氏は狭い政治学分野において論文数を稼いだりアメリカ政治学界の主流におもねったりする必要に迫られることなく、比較的自由に自身の研究関心を育み、それを教育に還元しつつ研究成果として世に発することができたと言える。

日米安保ムラとの距離感

 コルビー大学在職中も、太平洋に開かれたリベラルなシアトルを生活拠点のひとつとして維持しつづけたハッチ氏だが、コルビー大学は最寄りの大都市ボストンまで車で3、4時間の距離にあり、いずれにしてもワシントンDCやニューヨークなど権力や富の座とは遠く離れている。アメリカにおいて日本を専門とする政治学者の中では異色ともいえるハッチ氏のいわゆる「日米安保ムラ」との距離感は、こうした彼の教員・研究者としての経歴と無縁ではない。

 言い換えれば、日本でも比較的知られているようなアメリカの政治学者であればほぼ例外なく、「研究者」であると同時に(場合によってはそれ以上に)「政策関係者」であるのが実態である。研究が政策決定に資するのであればそれも良いだろうが、アメリカの対日政策のプロパガンダのような代物が研究の名の下に流布されていることが少なくないことを考えると、ハッチ氏による本書はアメリカでは「反米的」とさえ位置付けられかねない。学部生参加で運営されるコルビー大学のオーク人権研究所の所長も長く務めたハッチ氏は、アメリカの東アジア政策をヨーロッパ政策と比して「帝国主義的」であると批判する。

日独および東アジア・ヨーロッパ比較に見える米国の影

 本書は、日本とドイツのそれぞれがかつて帝国主義的侵略や戦争加害を行なった隣国(韓国と中国、そしてフランスとポーランド)との戦後関係を対比し、なぜドイツの「成功」と対照的なかたちで、今なお日本は「歴史問題」を抱えつづけるのかを分析したものであり、比較的簡潔かつ要領よくまとめられているので、詳細については実際にページを繰っていただくに勝るはない。

 ただ読者が精読される際のひとつのポイントになるのが、これまで歴史学者や安全保障を専門とする政治学者が主となって扱ってきた「歴史問題」を、政治経済そして地域統合を専門としてきたハッチ氏が正面から取り上げたという点である。しかも、それでいながらハッチ氏は、経済的相互依存の深化が「和解」につながるという、マーケット重視の従来のリベラル主流派の見解を単純に繰り返すことはせず、国家の政治指導者が地域機構の設立や協定の締結を通じて、地域統合に向けた政治的なコミットメントを示してきたか否かが日独の大きな相違にあたるとの論陣を張った。つまり、単なる経済的な地域統合では不十分で、政治的な意思に支えられた地域主義的な協力の具体的な制度化こそが、「不幸な過去」を乗り越えられるかの運命の分かれ目になったというのである。

 しかし、この点以上に、本書を読み応えのある、特筆すべき学術的貢献としているのが、とりわけ第7章で展開された米国論であり、これこそがハッチ氏の真骨頂と言えるだろう。戦後ヨーロッパとアジアにおける地域主義(後者の場合は、その極めて不完全な発展度合い)に米国の「二面性」、すなわち政策態度の決定的な相違を指摘し、さらにはその根底には米国の「文化的アイデンティティーと政治権力」の実態、平たく言えば「レイシズム」があり、一方ではヨーロッパに対して人種的一体感・親近感から信頼を寄せ、他方、日本やアジア諸国については「後進的な」文明とみなす人種差別的な優越感が同等の政策の追求を不可能にしてきたことを論じた。

 こうしてハッチ氏は、アメリカがヨーロッパにおいてはEUやNATOという多国間の地域統合を推進する機構形成を後押しし、ドイツの近隣諸国との和解を促した一方で、アジアにおいてはいわゆる「ハブ・アンド・スポーク型」の同盟体系に固執し、日本が同様の地域統合への政治的コミットメントを通じてかつての被害国からの信頼を回復し、和解を実現することを妨げてきたと結論づけたのである。

レイシズムと国際関係

 こうしてアメリカのリベラル右派も含めた「エスタブリッシュメント」が推し進めてきたアメリカの東アジア政策を鋭く批判するハッチ氏は、むろんトランプ大統領の人種差別的な政治信条や政策を根本から拒絶する一方で、逆説的に、その孤立主義的な「アメリカ・ファースト」政策の結果、米国の中心性が薄まることによって、かえってアジア諸国の多国間協力体制の構築と歴史的な和解が進む可能性にも触れている。こうした「楽観的な」見通しが当たるかどうかは、いずれ歴史が明らかにするだろう。

 本書の残す課題として、同じくリベラル左派であってもアメリカでなく日本の政治学者である私が感じざるを得ないのが、ハッチ氏がアメリカの人種差別的帝国主義の根強さを正しく指摘しつつも、今につづく近代日本の「名誉白人」的な人種差別的帝国主義バイアスが歴史問題における和解を不可能にしていることについて認識が甘いように感じられることである。そこはドイツがフランスやポーランドに甚大な戦争加害を行なったことと、日本が「西洋人気取り」で朝鮮半島や中国を侵略し支配したことが残す傷跡との根本的な違いであることを見落としていまいか――。ハッチ氏が「謝罪」と「和解」には関係がないとするのに私は同意することができない。

 とはいえ、知的にも倫理的にも誠実なことで右に出るものがおらず、アメリカの対日政策を批判的に見る、アメリカでは稀有とも言える政治学者による本書が翻訳されたことの意味は大きい。そして日本の対米従属姿勢がアジア諸国との和解を妨げているというハッチ氏の洞察は極めて貴重である。

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