交換様式Dと「しらけるという倫理」
記事:春秋社
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SNS上では、B以外の交換様式も発生している。とりわけネット社会の初期には、純粋な贈与と返礼に基づく交換様式A(互酬)が見られた。今では考えにくいが、個人が作成したサイト上で年賀状のやりとりをするといった事例は、BCとは無縁のAと見なせる。
しかし現在、このAは、プラットフォーマーやインフルエンサーによって搾取されている。ユーザーは仲間との連帯や交流を求めSNSに参加するが、その熱心な活動が炎上を生み、結果としてプラットフォーマーたちに莫大な利益をもたらす。SNS上で日夜、不毛な政治的闘争を続けている一部の人々は、彼らのために無賃労働をしていることになる。
ここで憂慮すべきは、B(服従と保護)とC(商品交換)の結合だ。まず、国王(インフルエンサー)に忠誠を誓う臣民(ユーザー)たちが、正義のために敵対者を攻撃することで炎上を引き起こし戦場(領土)が拡大する。すると、エンゲージメントを求める別のユーザーが、その炎上した場所を「儲かる市場」と見なして次々に参入してくる。Bによる領土拡張がCの市場拡大をもたらすという組み合わせが、SNS内外で多大な問題を起こしてしまうのだ。これは、Bによる正義を広めたいという義憤と、Cによる金を儲けたいという欲望が組み合わさった帰結であり解決は難しく、近い将来、大きな災厄を引き起こすだろう。
この深刻な状況を打破する鍵となるのが、交換様式Dだ。私はこれを、特定の交換パターンではなく「衝迫(ドライブ)」として整理している。柄谷氏もまた、論文「交換様式論入門」にて「Dは、厳密にいえば、交換様式の一つではありません」としたうえで、Dは「衝迫(ドライブ)」だとする。
非常に大雑把にいえば、私が再整理・再解釈したDは、社会が大災厄に見舞われAがBCによって限界まで搾取されたときに生じる。このとき、人々の内面から「人間的な営みであるAを取り戻さなければならない」という強烈な衝動が湧き上がり、たとえ自らが損をすると分かっていても行動に移してしまう。そんな衝動のことを、私はD衝迫と呼ぶことにした。
このD衝迫に突き動かされた人々の先には、実現したいと願う「統制的理念X(形而上の理想)」がある。カントが提起した「世界共和国」は、この「統制的理念X」に該当する。ただし、これは北極星のような指針であり、現実の世界で完全に実現することはない。仮に形而上にのみ存在しうる理想を形而下に下そうとすれば、フランス革命のように災いが起きるだろう。
世界共和国という構想は、非現実的な理想論だとして長い間にわたり軽視された。しかし、世界大戦という大災厄によりAが限界まで搾取されることで、この机上の空論は「理想」として掲げられる。凄惨な現実を目の当たりにした結果、たとえ理想論だとしても、そこに向かって突き進むべきであるという衝動、すなわちD衝迫が生じたのだ。かつて無価値であった理想論は、こうして国際連盟を導くことに成功した。
このカントの仕事を、私たちは大いに参考にするべきだ。つまり、SNSが大災厄を引き起こす前に、カントの構想に相当する何かを準備する必要があるはず。その構想として、私は「ベヒモス憲法」というものを準備した。
かつて人類は、王による不当な拘束から「身体の自由」を守るためにマグナ・カルタを勝ち取った。現代の私たちは、アルゴリズムによる精神の操作から「認知の自由」を保障するための新たな権利を確立しなければならない。「ベヒモス憲法」とは、認知の自由を勝ち取るための、新たな社会契約のことだ。
そのためには、SNSが強いる即応的な反応の連鎖から意識的に降りる「しらけるという倫理」が求められる。この倫理は、次のような事例を補助線にするとイメージがしやすい。
途上国を訪れた旅行者が、物乞いの子どもに遭遇したとする。その子どもに小銭を渡すことは倫理的に見えるが、多くの途上国支援の現場では非倫理的だと見なされる。学校に行く動機が薄れ、物乞いという生活様式から抜け出せなくなるだけでなく、背後で大人が小銭を徴収しているという搾取構造が存在する場合もあるからだ。
この構図は、SNSにおける「正義の反応」と酷似している。非倫理的な発言に対し、正義感から批判のコメントを書き込むかもしれない。または、悪事が暴かれ炎上が起きれば糾弾することもあるだろう。これらの行為は、いずれも一見すると倫理的だ。だが、この反応こそがエンゲージメントという名の利益になり、それはBC支配を助長させ社会に災厄をもたらしてしまう。
だからこそ、問題のある発言に即座に反応するのではなく、まずは立ち止まる必要がある。「この反応はBC支配を加速させるだけではないか」と自問自答し反応を保留する。そして「ベヒモス憲法」とは、その支配をもたらすSNSの構造そのものを変える試みである。そこに至る議論とベヒモス憲法の詳細は、拙著を参照いただければと思う。