柄谷行人インタビュー 「戦争の時代」に考える 『力と交換様式』文庫化で大幅に改訂
記事:じんぶん堂企画室
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――柄谷さんは、繰り返し戦争の危機を訴えてきました。例えば、2010年のインタビューでは、こう発言しています。「自分の国あるいは国民の生活がよくなったら、ほかの国はどうなってもよい。そういうことでやっていくと、その行き詰まりには何が出てくるか。戦争です」(「平和の実現こそが世界革命」『柄谷行人インタビューズ2002-2013』)。まさにその通りになってしまったように思えます。
柄谷 当時はみんな本気にしなかった。また大袈裟なことを言って、という反応でした。
――おそらく、世界的な戦争の時代への危機感は、2022年のロシアによるウクライナ侵攻で自覚した人が多かったのではないでしょうか。その後、イスラエルとハマスの戦争が起き、米国がベネズエラを攻撃、さらに米国とイスラエルによるイランへの攻撃と続いています。
柄谷 冷戦が崩壊したとき、戦争の時代に入ったと思いました。19世紀の帝国主義戦争の再来になる、と。多くの人は、国の境界が薄れていき平和な世界が訪れるだろうと予測したけれど。ただ、いざこういう状況になってみると、茫然とするほかない。3、4年前までは怒ってばかりいましたが、いまは絶望で無気力になっています。老年性の鬱かとも思いましたが、時局によるところが大きい。
正直に言えば、現在の情勢について、細かく追ったり積極的な発言をしたりする心境ではなくなっています。昔から情勢論をいうタイプではありませんでしたが、もう何も言う気が起きない。ただ、あきらめてはいません。交換様式論について考え続けているのも、そのためです。
《「交換様式論」は、柄谷さんが独自に作り上げた理論。社会のシステムを「交換」の観点から見ることで、四つの交換様式を見いだした。A=贈与と返礼の互酬、B=支配と保護による略取と再分配、C=貨幣と商品による商品交換。そして、Dは、Aを高次元で回復したもので、自由と平等を担保した未来社会の原理。四つの交換様式は同時に存在していて、どの交換様式が支配的かによって、社会のありようが決まってくる。Aならば氏族社会、Bであれば国家、Cの場合は資本制社会がその代表例。Dが支配的な社会は実現したことがない、という》
柄谷 いまの世界は、資本(C)が支配的ですが、それは国家(B)、ネーション(A)と強固に結びついています。私はこれらの結合体を、資本=ネーション=国家と呼んでいます。「国民国家(ネーション国家)」に「資本」を接合した用語です。
マルクスは『資本論』で、資本が自らの存続のために、絶えず「差異」を追求してきたことを指摘しました。利益は、常に差異から生まれるから。
――国や地域による賃金や価格の違いだとか、技術革新による時間的な先取りだとか、そういった「差異」ですね。
柄谷 差異を生み出すのは容易ではないので、資本は絶えず危機に見舞われますが、それで資本主義が滅びることはありません。是が非でも新しい差異を作り、手詰まりになれば、国家=ネーションが動員されます。国家政策を変えたり、ナショナリズムを称揚したり、戦争を起こしたりといった形で。資本=ネーション=国家の体制が続く限り、戦争は起こる。
――柄谷さんの交換様式論は、戦争や恐慌をもたらす資本=ネーション=国家の複合的な体制をいかに乗り越えるか、ということが出発点でした。
柄谷 それは今も同じです。そのためにはまず交換様式を認識することが必要です。社会も個人も、どれほど深く資本=ネーション=国家に浸透されているかを理解するためです。そうでないと、現状を変えようとしても、そのシステムの内をぐるぐる回るだけで終わりかねない。私は、交換様式は、概念というより事実だと思っています。
――国家=ネーション=資本を超える希望として「D」が置かれてきたと思います。Dもまた事実なのでしょうか。
柄谷 Dについては、事実と言ってはいけないと思う。でも、ただの仮説だとも言いたくない。とりあえず、A、B、Cから推論されるものだと言っておきましょう。原始・初期キリスト教や社会主義思想など、Dの実在を感じさせるような運動が、歴史のなかに繰り返し出現してきた。だけどそれは長くは続かない。キリスト教は国家や資本と結託したし、社会主義は国家権力になってしまった。
――柄谷さんは今年3月、理論的な著作としては最新作にあたる『力と交換様式』(2022年)を大幅に改訂し、「定本」として文庫化しました。多くの部分で記述がより整理されていますが、大きな論点としては、Dについての記述があると思います。より具体的に言えば、これまで「Aの高次元での回復」といった表現にとどまっていたDとAの関係が明確化された。「Dの実現にとって交換様式Aが不可欠」「人がDについて何かを知りうるとすれば、それはAを通してだけである」と書かれました。
柄谷 Aというのは、新しい社会システムとかプログラムではない。最近気づいたことですが、ドゥルーズのいう「逃走」は、Aのイメージに近い。システムの網目をぬって抜け穴をつき、小さな自由を見つけ出していく。それらが共振して広がっていき、思いもかけなかったような展開が生まれる。世界戦争の時代には、国家(B)と資本(C)が最高度に強化されます。そこで正面から国家や資本に抵抗しても、つぶされるだけです。私が交換様式論の力点をDからAに移動させたことには、このような背景がある。Dを掲げて権力に立ち向かうことが有効なときもある。でも、いまはAに焦点を当てるときです。
――柄谷さんは、Aの実践として、協同組合や社会運動を例に挙げてきました。いずれも地道にやっていかないといけないものですね。これだけ事態が逼迫すると、一足飛びにDの到来をなんとか実現できないか、と思ってしまう部分もあります。
柄谷 実は、『力と交換様式』の単行本を脱稿した後、「Dなんて最悪だ。Aが大切だ」と言い始めて、周りを当惑させました。交換様式論にDはもういらない、と思ったこともあるくらいです。
――それは衝撃的ですね。なぜですか?
柄谷 そもそもDは、定義はもちろん表象すらできない。だから、「Dを目指す」などと軽々しく言うべきではないのです。自分がDの代理人だと思うことは、暴力につながる。言いかえれば、人を強制するとか権力を得ようとすることに。
――確かに、理想を掲げていたはずの社会主義国家や宗教が逆に人々を苦しめた歴史もあります。ただ、D抜きの交換様式論は、現状の分析にはなっても、体制を乗り越えることからは遠のくのではないでしょうか。
柄谷 もちろんそうです。ただ、Dは目指すことも呼び寄せることもできない。二年近く前から新約聖書について考えてきたのですが、そのなかでAとDの関係がだいぶん整理されました。3月に出た『力と交換様式』の文庫は、それをふまえて全面的に改稿したものです。
――一方で、今回ポジティブに捉え直されているAですが、例えば、家族や地域共同体では、内の人々は束縛し、外の人間は排除する部分がありますね。国家と結びつくと、ナショナリズムも生み出します。
柄谷 それもその通りなんです。それでもAが重要です。Aというのは互酬(贈与―返礼)ですが、ここには二つの可能性があります。まずはB、Cのもとでそれらの下請けのようになること。もう一つは、Dに向かうこと。Aの中には、人を純粋贈与に駆り立てる要素がある。純粋贈与というと、自己犠牲とか無償の愛とかいうふうに解釈されがちですが、そういう説教くさくて深刻ぶったものではない。Aは、倫理とか宗教的理想とは違う。そういうものはほとんどの場合、ていのいい支配の手段です。純粋贈与への衝動は、向こうからくる力――私はDの力だと考えていますが――に駆り立てられることによって、自然に起こるものなのです。この力はあらゆる人に働きかけているのですが、資本・国家の力があまりにも強いため、それに埋もれて見えなくなっている。
――人が純粋贈与をせまる力に駆り立てられる、というのはどんなことでしょう。
柄谷 科学的に証明できるような事柄ではありませんが、経験的には感じ取れるはずです。簡単な例をあげれば、自分が損をしてまで人を助けようとするのは、案外ありふれた行為で、特別に立派な人がそうするということでもなく、広く見られるものでしょう?
――Aの実践で、国家や資本を乗り越えることは出来るのでしょうか。
柄谷 BやCを完全に斥けるのは、当然不可能です。現在の世界は、それらの力で成立しているからです。だけど、B、Cから比較的自由なモメント(要素)が、実は結構ある。それらを見出して表面化させていくことはできる。そうして意識的にB、Cから距離を置くことで、Aの力が働く余地が生まれます。こういうことは、図式的に言っていると退屈だし実感が湧きにくいです。その意味でも、交換様式を新約聖書と原始キリスト教に即して再考することは有意義だと思っています。
――最後に。デモもAの一種と考えられるのでしょうか。
柄谷 そうですね。いま再び注目されている日本国憲法9条は、Dの促しによってできたものだとも考えられます。個々人の意思を超えて出現したものであることは確かです。一度失われれば、どうあがいてもとりもどすことは不可能に近いでしょう。悔やんでも、もう手遅れです。いま私たちにできるのは、小さな力に見えても、やはりAの実践しかありません。デモもその一つですが、それ以外にも権力(B)や金銭(C)に毒されていないものがあちこちに潜んでいる。それを見つけて育てるのは、楽ではないけれど創造的で楽しいことでもあるんじゃないか、そう思います。
※柄谷さんが生まれてから現在までの歩みを語ったじんぶん堂での連載『私の謎 柄谷行人回想録』が単行本化しました。講談社から発売中です。