交換様式論で読み解くSNS社会
記事:春秋社
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柄谷行人氏の交換様式論は、交換に注目して世界や社会を読み解く。そしてSNSもまた、社会の一つには違いない。それも、膨大な数の「交換」がなされるという際立った特徴を持つ社会だ。だからこそ、柄谷氏の交換様式論は、実のところSNSにおいて非常に大きな力を発揮するという予見が成り立つ。
交換様式論では、4つのタイプに交換が分類される。A(互酬)は、近所から野菜をもらったら果物で返礼するといったシンプルなケースが該当する。B(服従と保護)は、国家と国民との間で結ばれる契約関係を考えればよい。国民は法に従う(服従する)代わりに、国家はインフラや福祉を提供し保護をする。C(商品交換)は市場における交換を指すが、こちらは特段の説明は不要だろう。また、Dという交換様式もあるが、複雑かつ難解であるため後編で述べたい。
交換様式論では、こうした交換により「霊的な力」が生まれるとする。たとえば、国家はヨブ記に登場するリヴァイアサンに形容されることがある。そして国家がリヴァイアサンのような畏怖すべき存在になるとき、人々は自発的に国家に従うはずだ。武力や法のような外的な拘束ではなく、人々は内面に表象されたリヴァイアサンを畏怖することで従うため、この力は内的で観念的なものだ。つまり、この観念的な力を「霊的な力」だと見なせばよい。
SNSは、現実の社会と違い移動コストが皆無に等しい。SNS上のある社会が不満なら、即座に他の社会に移動できる。そのうえ、武力による拘束もなければ、ルールによる統制も容易ではない。したがって社会を維持するためには、現実の社会以上に、霊的な力(観念的な力)が果たす役割が大きくなる。
一方、霊的な力が発生するメカニズムが交換様式論では少し分かりにくい。また、既存のままではSNSに応用するにあたり幾つかの問題もあった。そこで私は、交換様式論を大胆に再解釈・再整理することにした。以下、ここで説明する交換様式論は、私が再解釈・再整理したものの一部だ。
まず、異なる共同体・人の間で交換が生じると、それらを包摂する社会の萌芽が生まれる。しかし、こうして形成されたばかりの社会は脆弱であり、様々な矛盾や欠陥が生じてしまう。先述した国家の例でいえば、圧政により国民が苦しい生活を強いられている場合や、そもそも国家が国民を保護する力を持たないケースなど、実に様々な矛盾や欠陥が考えられ、それらは社会を崩壊に導く原因になる。
だからこそ、リヴァイアサンのような観念的な存在が発生するか否かが、社会の存亡における分水嶺になる。仮に国家が、グレムリンやゴブリンのように、せいぜい害虫程度の存在として人々の内面に現れたのであれば、矛盾を補修する霊的な力など生じようがない。一方、まるでリヴァイアサンのように、国家が畏怖すべき存在として内面に現れればどうだろうか。人々は自発的に服従し、たちまち矛盾は覆い隠されてしまうはずだ。
SNSにおいても、これと同様のことがいえる。たとえば、政治的なインフルエンサー(以下、単にインフルエンサー)を国王とする、SNS上の社会(疑似的な国家)を考えればよい。その社会で信じられてきた正義の物語に反する出来事、具体的には正義と目される政治家が逮捕されるといった事態が起きれば矛盾が生じ、たちまち社会に崩壊の危機が訪れる。
しかし、国王たるインフルエンサー(または疑似的な国家)の権威が十分に高まっており、まるで神のような存在として人々の内面に表象されていれば、この矛盾は瞬く間に補修される。「敵対勢力の裏工作により逮捕された」といった陰謀論をインフルエンサーが唱えればよいからだ。インフルエンサー(国王)の教えに服従すれば、ユーザー(国民)は正義のために生きる日々を保障されるため、これは交換様式でいえばB(服従と保護)に該当する。神のような存在(拙著では超越論的シニフィアン)が発する霊的な力が矛盾を補修することで、脆弱であるはずのSNS上の社会は維持されたのだ。
こうした非現代の象徴である神のような存在が、現代技術の粋を集めたSNSにおいて次々と生まれるという逆説は、SNS上の「過剰な交換」によるものだ。
現実社会と比較すると、SNSにおける交換は著しく頻繁かつ大量になされる。自ずと社会の萌芽も数多く生まれるとともに、そこで生じる矛盾の量もまた過剰な交換により膨大な数に達する。
ただでさえ、大量に生まれた矛盾を克服するのは難しい。そのうえSNS空間では即時即応的なコミュニケーションがなされるため、議論のような時間をかけた知的営為により矛盾を克服することはほぼ期待できない。
したがって、この大量の矛盾を克服する方法としては、神のような存在に依存せざるを得ない。人々の内面に立ち現われさえすれば、たちまち矛盾が克服されるSNS上の神は、即時即応的にやり取りされるSNS空間においても問題なく機能するからだ。