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その周囲の人たちも――エティエンヌ・ド・グレーフ『夜はわが光』を精神科医が読んでみた

記事:幻戯書房

ルリユール叢書『夜はわが光』(2026年6月刊)
ルリユール叢書『夜はわが光』(2026年6月刊)

ヨレヨレの精神科医の私

 私は精神科の医者にして患者である。だいぶヨレヨレの日も多い。そんな日に、こういうタイトルを目にすると若干、気がらくになるので、寝床のすぐそばにおいてある。そばにはほかに、『立川談志遺言大全集』最終巻『早めの遺言』、北杜夫『人間とマンボウ』、神木隆之介写真集『ぼくのぼうけん』などがある。ぜんぜん脈絡がない。

 ド・グレーフは、精神科の医者のマネゴトをしている私にとって、異国の大先輩である。精神科領域はとくに、国によって疾患の差異が大きい、とされている。日本ではうつ病が多い、「コモン・ディスイーズ(よくある病気)」とされている。

作中の患者と家族、実際の患者さんを診て実感―なぜ「空笑」

 この『夜はわが光』は、統合失調症について、訳者・梅澤礼の言葉を借りれば「精神科医が現実の精神病を描いた作品として評価されている」、「ド・グレーフは、病人や、病人を取り巻く人々の心理描写もなおざりにはしなかった。体の病であれ心の病であれ、家族の発症というよくある問題を扱いながら、家族のきずなで支えようといった月並みなメッセージに行きつかなかったのはそのためである」。まさにそのとおりだ。家族ひとりの発症によって、一家離散や関係の断絶、かなしいことになってしまった例を多々知っている。知った私もかなしんでいる。そんな私にとって、この作品はまさに、という、胸をひきさかれる思いで、過去の患者さんたちを思い出しながら読んでいた。

 日々の診療に追われつつ、以前の患者さんについて、ああすればよかったかなあ、こうしたらどうだったかと、思い返すことはたびたびある。この本を読みながら、幾たびも頭をかきむしった。医師の夫と父を持つ女性・エリザベットが、統合失調症を発症し「父は彼女のそばに、茫然としたようすでとどまっていた」。父も、夫も、妹たちも、みんな「唖然とした顔」だった。そしてそれを見たエリザベットは、「ふと、みんなの表情があまりにおかしくて、ありえないほどこっけいで、吹きださずにはいられなくなった」。統合失調症のよくある症状に「空笑」がある。ああ、こうした病気のかたは、こういう心理で笑っているのか。いくつかの本で読んではいても、こうして小説のなかで読むと、あらためて実感するのでした。

 この疾患の治療法は、今はいろんな治療法・薬が開発されているけれど、それでも限度がある。当時はなおさら限られている。そのなかで、エリザベットと、周囲の家族、治療者たちがたどる運命。胸が詰まる。

<ルリユール叢書>について

 ふだんの私は、あんまり他の国の小説や本は読まないんですが、本書は570ページ、ぶあついのをたのしく読みきった。この本は<ルリユール叢書>の、最新刊。叢書の発刊の言より、「<ルリユール叢書>は、どこかの書棚でよき隣人として一緒に集う――私たち人間が希望しながらも容易に実現しえない、異文化・異言語・異人同士が寛容と友愛で結びあうユートピアのような――〈文芸の共和国〉を目指します」。既刊にタデウシュ・コンヴィツキ『現代の夢解きの本』、ユング=シュティリング『心霊学の理論』など、興味ぶかい本がたくさんある。ぜひまた訪れたい「文芸の共和国」だ。

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