思想の瓦解を体現した哲学者――ルイ・アルチュセール『出会いの唯物論』(市田良彦編訳)「はじめに」より
記事:平凡社
記事:平凡社
個人的な回想からはじめることをお許し願いたい。題名すらもっていない、ひと束のタイプ打ち原稿に目を落とし読みはじめると、私は言いようのない当惑に包まれていった。1992年か93年のことである。前置き的なパートを過ぎると、出しぬけにこうあった。
雨が降っている。
願わくば、この書がまずは単純な雨についての書とならんことを。
なんだ、これは。これがあのアルチュセールの書く文章なのか。『マルクスのために』と『資本論を読む』における、精緻で堅牢、かつめっぽう切れ味鋭い読解の手つきにより、私を唯物論と言わず哲学全般に誘った、あのアルチュセールがただの「雨」について語ろうとしている。あの彼に似つかわしくない詩的な(?)書き出しで、「雨」を書物にしようとしている。「構造的因果性」はどこへ消えた? 「兆候的読解」を「雨」に施す?
もちろん、「雨」についてのこの草稿を読んだとき、私はすでに、彼がその2年まえに妻を殺し、免訴になったはいいが世間的には「死んだ」身であることを知っていた。事件は1980年、草稿は82年である。いったい、事件はどういう転回をアルチュセールにもたらしたのか。
私は1991年のソ連邦崩壊を見届けたあと、言わばもう一度マルクス主義について今度はゼロから考え直すつもりで、アルチュセールの遺稿が供託されていた「現代出版史資料館」(通称IMEC)に通っていた。私をこの思想に導いた先達のひとりにして、思想の瓦解とはどういうものか言わば身をもって体験した彼に、もう一度寄り添ってみるつもりで。
彼が亡くなったのは90年の秋。1年後にソ連邦が崩壊したときには、私にはルイ・アルチュセールという人が“炭鉱のカナリア”のように思えたことをよく覚えている。事件も死も、マルクス主義にとっては親しいという以上に、打ち込まれた楔のようであった「歴史的必然」なる観念を思い出させずにはいなかった。
そんなときに「雨」である。いわく、世界にはエピクロスの言う「原子の雨」があり、原子の「偏り(クリナメン)」と「出会い/衝突」によって、ようやく世界が現実性を獲得する。ことは根源的に偶々起きる、と。
そして読み進めるにつれて私は知る。この「原子の雨」は世界の「はじまり」以前の世界の形象だ。「はじまり」以前にはなにもなかったと想定するなら、世界は誰かないしなにかが「創造」したということになる。無すなわちゼロから。宗教である。いかに宇宙物理学が発達し、ビッグバン以前を考えることができるようになっても、いかに進化論が「人間」以前について思いをめぐらすことを可能にしても、そうした「はじまり」以前にはなにもなかったと言ったないし考えたとたん、神が登場する。登場させずにそこで思考を一旦停止させたとしても、登場させる人々を論駁することはできない。それどころか、科学が発達すればするほど、宗教者の信は強化されさえするだろう。「はじまり」が時間軸の前方にずらされればずらされるほど、ではその手前には神が、神だけがいたのでは? と彼らは応じるだろう。
だからこのアルチュセールは、宗教に抗い唯物論を守るために、世界の「実在」にはじまりはないというところから考えはじめようとしている! 世界はつねにすでにあった、それでいいではないか、というところから。
「つねにすでに toujours-déjà」は私の知るアルチュセールの口癖のようなものであり、私が最初に感じた当惑は次第に安堵と感嘆に変わっていった。
彼が「出会いの唯物論」ないし「偶然性唯物論」と呼び、そこから哲学史の全体を再構成しようとする、この「書物」草稿は、マルクス主義と自分自身が「終わった」あとに、唯物論を再始動させる試みだ。もう一度アルチュセールに寄り添ってみようと思ってここへ来た私の動機が、いくらか報われたと思える瞬間であった。彼とともにこの唯物論の「地下水脈」を追いかけることから、私もまたはじめ直せばよい。
(とはいえ、その道が平坦どころではなかったことについては、本書の「解題」を読まれたい。)