「場を見て、人を知る」――本物の防災学から学ぶこと 牛山素行著『豪雨災害から身を守る』書評(評・矢守克也)
記事:晶文社
記事:晶文社
千葉県、福井県、青森県など、ここ数年と同様、今年もまた豪雨災害が相次いでいる……こんな報道番組では定番の枕詞のような書き出しから本書評を開始しようものなら、それこそ、「ちょっと待って、それは本当のことですか」と著者から厳しい注意を受けること請け合いである。
なぜなら、本書全体を貫いているのは、豪雨災害について、一般的に「豪雨災害といえば~だろう」と考えられていること、またマスメディアでもあまり疑われることなく報じられていることと、実際の災害の姿や必要な防災上のポイントがズレているのではないかという問題意識だからである。
たとえば、試しに、以下の7つの記述の正否について考えていただきたい。
「近年日本社会では豪雨災害が激増している」
「昼に比べて夜の豪雨災害は怖い」
「最近豪雨災害が思いもかけない場所で多発している」
「豪雨災害の人的被害の多くは自宅からの避難が遅れることで生じている」
「浸水の深さが30センチ以上は要注意だ」
「ハザードマップは厳格に読み込むべし」
「防災に関するソフト対策はハード対策よりも人にやさしい対策だ」
答えをお考えいただく前に、本書の内容紹介の意味も込めて、いくつかの基礎用語について、本書の記述を使って少しだけ補足しておこう。
まず、メインテーマ「豪雨災害」について、本書では「気象災害のうち、被害の主要因が豪雨である災害。豪雨とともに強風や高潮などが発生することも多く、これらによる被害も合わせて豪雨災害と見なす」と定義している。
「ハザードマップ」とは、危険な場所がどこかを地図上に示した情報で、洪水ハザードマップや土砂災害ハザードマップなどがある。
また、防災に関するハード対策は、堤防などの形のある物、構造的な手段による対策であり、ソフト対策とは気象情報や上記のハザードマップのように明確な形のない非構造的な手段による対策である。
評者の想像では、このような予備知識を持ち出すまでもなく、多くの方が、先の7つの記述について、どれも「正しい!その通り」と思ったのではないだろうか。
ところが、著者は、これら7つの記述はすべて、完全な誤りではないにしても相当疑わしいことを、長年にわたる災害現場の調査を通じて得られた豊富なエビデンスをもって説得的に論じていく。その詳細について、ここで論じることは控えておこう。
「えッ、そんなことはないだろう、テレビでもよくそう言っている」
そのように感じた方こそ、ぜひとも本書を繙いてほしい。私たちが豪雨災害や防災について「何となく信じていた」ことの多くが、実は、中途半端な知識に過ぎなかったことを思い知らされるだろう。
さて、「木を見て、森を見ず」というフレーズをもじって、本書のもう一つの見所を表現すればこうなる。「場を見て、人を知る」である。
実は、評者は、本書の著者牛山素行さんとは25年にわたるお付き合いで、牛山さんの考え方はある程度わかっているつもりである。だから、この論評について、牛山さんご自身は、きっと「私にはそんなつもりはないです」と反論されるだろうと予想している。しかし、それでも、長年、牛山さんの仕事を拝見し、またその集大成とも言える本書を拝読した今、「場を見て、人を知る」を感じざるをえない。
どういう意味か説明しよう。「『現場を見る』ということについて」と題された本書の「あとがきに代えて」に記されているように、災害現場を自分自身で訪ねて直接見るということに対する牛山さんの情熱には並々ならぬものがあり、それが本書の基盤になっていることは一読すればすぐにわかる。その上で、ここで言われている「現場を見る」には、牛山流とも言える独特の癖があることが大切だと思う。
本書に「個々の関係者に被災状況を直接うかがうといったことは、たまたま機会のあった一部のケースを除き基本的にはしておりません」とあるように、牛山さんが主に見ているのは、災害現象の痕跡であり、物的被害の状況であり、さらにその現場の地形である。
評者は、本書の口絵に登場する都賀川(神戸市灘区)の災害現場を牛山さんと一緒に歩いて調査したことがある。心理学者である評者にとっては、災害調査と言えば人からお話をうかがうことなので、黙々と「現場を見る」姿を不思議に感じたことをよく覚えている。
しかし、現場周辺のちょっとした傾斜や高低差、あるいは土砂や草木のかすかな堆積、さらに、入念な下準備で得た関連情報から、なぜその人が、その場所で亡くなることになってしまったのかについて、つまり人について鋭利な推理が展開されていく。そのスタイルは、本書のプロローグにすでによく表れている。
牛山さんの関心は単純に現場の物理的環境にだけ向けられているわけではない。場を通して人に(も)アプローチしているのである。評者が心理学者だから余計に気になるのかもしれないが、人間は思い違いをしたり合理化したりする生き物である。人間については本人や関係者に直接問うよりも、場を通して語らしめることがより適切である場合もたしかに多いように思う。
「場を見て、人を知る」ことの醍醐味とその姿勢があればこそ見えてくる豪雨災害の本当の姿をぜひ知っていただきたい。そして、徹底的に現場に根ざした本物の防災学に本書を通じて触れてほしい。