「〈災後〉の記憶史」書評 なぜ台風は忘れ去られたのか
ISBN: 9784409241264
発売⽇: 2019/10/16
サイズ: 20cm/388p
〈災後〉の記憶史 メディアにみる関東大震災・伊勢湾台風 [著]水出幸輝
15号、19号と東日本一帯に未曽有の被害をもたらした今秋の台風。地震対策に比べ、台風に対する備えは十分だったのだろうか。期せずして、本当に期せずしてそんな疑問にヒントを与えてくれたのが『〈災後〉の記憶史』である。
新聞などの災害報道や記念日報道を丹念にたどりながら、著者は被災や防災に対する人々の意識を変えた二つの大災害に着目する。ひとつは10万5千人余の犠牲者を出した関東大震災(1923年)である。今日でこそ歴史に残る大災害として知られる大震災はしかし、「帝都復興」を期した発生後の10年弱を除くと、戦中、戦後を通じて急速に忘れ去られていく。
戦後、かわってメディアが注目したのが台風、とりわけ5千人余の犠牲者を出した伊勢湾台風(1959年)だった。翌60年に「防災の日」が制定されたのも、防災対策が不十分だった伊勢湾台風への反省がキッカケという。ところが防災の日はなぜか、伊勢湾台風の日(9月26日)ではなく関東大震災の日(9月1日)に設定された。何があったのだろうか。
一度は風化した関東大震災が「ナショナルな記憶」として60年代以降に再浮上し、伊勢湾台風が東海エリアの「ローカルな記憶」として忘却されたのは偶然ではないと著者はいう。ほぼ毎年列島を襲い、規模やコースが予想できる台風に対し、地震は科学的予知の可能性が絶えず語られ、将来必ず来ると予告されることで「特別な災害」に位置づけられた。犠牲者の数があまり変わらない阪神・淡路大震災と伊勢湾台風の扱いの差を見れば一目瞭然。〈台風ではなく、地震であるということが重要なのだ〉。〈日本社会は台風を忘れることで地震の記憶を再構築し、起こり得る地震への想像力を育んできた〉のだと。
今年は伊勢湾台風からちょうど60年。豪雨被害を伝えるニュースの中で本書を読み、深く納得した。台風も忘れまいと思った。
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みずいで・こうき 1990年生まれ。日本学術振興会特別研究員(京都大)。専門は社会学、メディア史。