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室町ブームの今こそ読みたい“百鬼夜行”の時代ホラー 朝松健さん「一休シリーズ」

文:朝宮運河 写真:有村蓮

――朝松さんは1990年代後半から、継続して室町もののホラーや伝奇小説を執筆されています。まさに“室町ブームの先駆者”ですね。

 20年もよく書いたと思いますよ。従来室町時代はエンターテインメントに向かないというのが定説で、僕の前には山田風太郎先生の諸作があるくらいでした。室町ものを書き出した当初は、ホラーファンや同業者から「時代ものに逃げた」といわれましたね。実は時代ものでホラーをやるのは難しいんですけど、理解されなかった。そのうち出版状況が冷え込んできて、どの出版社でも室町ものの企画が通らなくなってきたんです。
 それでも諦めずに書き続けていたら、ここにきて空前の室町ブーム。書き出すのが20年早すぎました。だからよくいってるんです。先駆者にだけはならないほうがいいよ、全然儲からないからって(笑)。

室町は神話的な時代

――なるほど(笑)。朝松さんがそこまで、室町時代に惹かれたのはなぜでしょうか?

 まず文化的にたいへん豊かな時代だったということ。日本の伝統文化といわれているものの大半は、この時代に確立しているんですよ。能・狂言、茶の湯、生け花、建築、造園。歌舞伎の原型になるような芝居も生まれましたし、私たちが知っているおとぎ話がまとめられたのも室町時代です。
 その一方で、政治的には混沌の時代だった。応仁の乱がいい例ですが、大勢の権力者が入り乱れて、あちこちで好き勝手やっている。誰が何をしたくて争っているのか分からない。正長の土一揆のような事件が起こっても、権力者は誰ひとり責任を取っていません。
 これはある意味、神話的な時代なんですね。一本メインになる物語があるのではなく、ギリシャ神話のように無数のエピソードが寄り集まっている。以前、角川春樹さんにこの話をしたら「百鬼夜行の時代だね」とおっしゃいましたが、言い得て妙だと思います。そうした混沌は、心の闇を描くホラーや伝奇小説というジャンルと相性がいいんです。

――「室町+ホラー」という先例のない作品を生み出すにあたって、資料収集などのご苦労もあったのでは。

 ええ。しばらくは「調べ物をしながら書く」という感じでしたね。若い頃、雑誌のオカルトライターをしていた経験があるので、資料にあたりながら執筆するのは慣れているんですが、室町時代はそもそも本が少ないし、あっても目玉が飛び出るほど高額です。一般向けの本が書店に並ぶようになったのは、呉座先生の『応仁の乱』以降ですよね。
 数年前、小説に使わなかった室町関係の資料を処分したら、古本屋で3万円になりました。買い取り価格で3万円ですから、元手がどれほどかかっているか……。泣いてください(笑)。

一休の型破りな生き方にひかれて

――名僧・一休宗純を主人公にした「一休シリーズ」は、朝松さんの室町ものを代表するシリーズです。あの“一休さん”を時代ホラーの主人公に選んだ経緯とは?

 一休宗純を初めて書いたのは、1999年の「紅紫の契」という短編でした。もともと沢庵和尚を主人公にするつもりでいたんですが、女房に話したら「年寄りすぎるんじゃないか」と言われた。それで一休について調べてみたら、意外なほどパワフルな人物だと気がついたんです。
 室町幕府の6代将軍に足利義教という人物がいます。「万人恐怖」と評されるほど強権政治を敷いた将軍で、刃向かう人間は公家だろうが武家だろうが、容赦なく死罪。延暦寺も攻め滅ぼしていて、山田風太郎先生は義教こそ織田信長のプロトタイプだと書かれています。そんな将軍に一休は、堂々と説教しているんですよ。普通だったら命がいくつあっても足りない。これは生半可の坊さんじゃないぞ、と思いました。
 一休は後小松天皇のご落胤です。つまり一休を主人公にすれば、皇族や貴族から社会の最下層にいる貧しい人々まで、室町の全貌をとらえることができる。ここも大きな魅力でした。

――一朝松作品に登場する若き一休は、筋骨隆々で、明式杖術(じょうじゅつ)の達人。妖怪や亡霊にまつわる事件を、次々に解決してゆくゴーストハンターです。可愛らしい小坊主のイメージがあったので、初めて読んだときには驚きました。

 とんち坊主の一休さんを連想する人が多くて、払拭するまで時間がかかりましたね。シリーズ初期の一休は腕っ節が強くて、熱血漢。ヒロイック・ファンタジーの主人公を意識したキャラクターです。
 これはまんざら嘘でもありません。一休はあの物騒な時代に、九州や関東までたびたび足を伸ばしているんです。盗賊に殺されることもなく、87歳まで長生きしている。修行が厳しいことで知られる臨済宗の僧侶ですし、かなり頑健だったはず。一休はいつも腰に棒を差しています。説教に使うためだといわれていますが、旅路では武器にしていたんじゃないでしょうか。

――“風狂”と呼ばれた型破りな生き方も、作中には巧みに取り込まれていますね。

 一休については面白いエピソードが山ほどあります。お金がなくて困っている人のために、通りすがりのお金持ちを殴りつけて、財布を奪うんですよ。この乱世にぼんやりと大金を持ち歩いているやつが悪い、と一休はいうんですね。嘘みたいな話ですが、どうも実話らしいですね。インタビューでは話せないような、艶っぽい話もたくさんある。
 シリーズを書き継ぐにつれて、こういう“くそじじい”になった一休を描きたいと思うようになりました。今、「ナイトランド・クォータリー」という雑誌に連載している「一休どくろ譚」は、老境にさしかかった一休の物語。悪態はつくけれど、裏ではやるべきことはちゃんとやる。そんな愛すべき老人を描いています。

――昨年末に出た『朽木の花 新編・東山殿御庭』は、2006年刊の短編集『東山殿御庭』に書き下ろしを加えた「一休シリーズ」の最新作です。思い入れの深い作品は?

 「甤(ずい)」と「東山殿御庭」ですね。「甤」は福井県の小浜を舞台にしたもの。調べてみて驚いたんですが、当時の小浜は中国や朝鮮、琉球はもちろん、インドやペルシャからも船が寄港する国際都市だった。ペルシャ船が小浜沖で座礁して、住人が救助したという記録も残っています。そういう街を舞台に、無国籍的でけばけばしいホラーを書いてみました。海外作品でいうなら、クラーク・アシュトン・スミスの魔術師もののようなテイストです。
 この短編は近々英訳版が出るんですが、向こうの翻訳者に「クラーク・アシュトン・スミス調に訳してくれ」とお願いしたらスムーズに伝わって、「任せてくれ!」と返信がありました(笑)。

将軍・義政の歪んだオタク気質

――「東山殿御庭」は、普請中の銀閣寺を舞台にした怪談。第58回日本推理作家協会賞(短編部門)の候補にも選ばれています。

 評価されると思っていなかったんですが、一休ものの代表作ということになるでしょうね。ここで描きたかったのは、建築途中の銀閣寺です。金閣寺に比べるとやや地味に思えますが、銀閣寺は建築学的には日本様式と中国様式が合致した価値あるもので、庭園は禅の境地を表している。足利義政はあの庭を造らせるために、身分の低かった庭師たちにわざわざ名前を与え、将軍家直属の職人にしているんです。
 この義政の情熱は一体何だろう、と不思議に思いました。趣味のためには国を傾けることもいとわない、歪んだオタク気質は現代に通じるものがあります。

――他にも、禁断の製薬術が描かれる「尊氏膏(たかうじこう)」、おぞましい邪教信仰を扱った「邪笑(わら)う闇」などなど、粒よりの怪奇幻想小説6編が収録されています。

 嬉しかったのは、高橋克彦先生に絶賛していただいたこと。高橋先生は「邪笑う闇」が特によかった、とおっしゃっていました。事件が終わった後で、二つの時代が重なっていることが分かる。あの構成が素晴らしいと。

――書き下ろし短編「朽木の花」は応仁の乱に翻弄される、一休と盲目の侍女・森(しん)の関わりを描いたものです。

 戦乱の中、一休が何をしていたのか描いてみたかったんです。作品にも書きましたが、一休は事あるごとに「森はおれの女だ」と書き残しているんですね。森について詳しい資料は残っていませんが、あの当時、目の不自由な旅芸人が差別されずに暮らせたとは思えない。一休は自分との関係をわざわざ公にすることで、守ってやろうという意図があったのかもしれません。一休宗純の女ともなれば、おいそれと手出しはできませんから。

――近年は歴史・時代小説作家によって結成された「操觚(そうこ)の会」のメンバーとして、「伝奇ルネサンス」の旗印のもと活動されていますね。伝奇ルネサンスとは何ですか。

 胸を張って伝奇小説を書ける環境を作りあげてゆく、そのための活動です。この出版不況下、出版社はブームを追いかけるのが精一杯で、「伝奇小説を書きたい」という書き手の要望がなかなか受け入れられない。
 そこで多くの書き手で共同戦線を張って、伝奇小説を盛りあげるムーブメントを仕掛けています。新作執筆と名作復刻が大きな柱で、すでに多くの作家先生から賛同をいただいているので、今後の活動にご注目ください。

次回作は長編で「応仁の乱」

――室町ものの次回作のご予定は?

 この3年、応仁の乱を扱った長編に取り組んでいます。編集者からは「室町ブームが続いているうちに書け」とせっつかれているんですが(笑)、病気をしたりして思うように筆が進まなかった。最近やっとペースが戻ってきたので、もう一踏ん張りという感じです。
 『朽木の花』に収録されている「應仁黄泉圖(おうにんこうせんず)」で、「井楼(せいろう)」という西軍の櫓(やぐら)を出しました。しかし東軍の投石機を出さなければ、応仁の乱は片手落ちなんですよ。ラッセル・クロウ主演の「グラディエーター」のような、投石機からばんばん石が飛んでくる激しい合戦シーンがあって、骨皮道賢(ほねかわどうけん)と日野富子の2人がキーパーソン。これが完成したら、応仁の乱のイメージが大きく変わると思いますよ。

――それは面白そうですね! 期待しています。衰え知らずの室町ブームですが、背景には何があるとお考えですか?

 これまで抑えつけられてきた民衆のエネルギーが、ふつふつと沸騰しつつあって、それが応仁の乱前夜の世相と響き合うんじゃないでしょうか。これまで散々お上に騙されてきたことに対し、やっと「これ、おかしいんじゃないか」という不満の声があがってきた。正長の土一揆が起こった頃と似ています。
 ひょっとすると混沌としていた室町に、現代を生きるヒントを求めているのかもしれない。現代が室町に似ているとするなら、しばらくは政治的なすったもんだが続くでしょうね。

――乱世の闇と光、恐怖と希望を描き続けてきた「一休シリーズ」は、そんな室町ブームの今こそ読まれるべき作品だと思います。今後の展開も楽しみにしています。

 「一休シリーズ」は一休宗純の目を通して、室町時代の全貌をとらえようとした作品です。最初口に入れたときは、苦かったり不味かったりするかもしれませんが、中毒性のあるシリーズなので、ぜひ2作、3作と読み進んでもらえたら嬉しいです。連載中の「一休どくろ譚」では老境にいたった一休を、ゆっくり年を取らせながら書き継いでゆくつもりです。一休の最期まで書くことが、シリーズの目標ですね。