サメ好きのあまり、人間が襲われる映画やニュースを見過ぎて、この20年ほど怖くて海に入っていない――そんなサメ愛好家の小説家、雪富千晶紀(ゆきとみちあき)さんの『ブルシャーク』(光文社)は、サメへの愛と畏怖(いふ)がつまった和製ジョーズとも言うべきホラー小説だ。
真夏のトライアスロン大会を控えた湖で、行方不明者が続出する。主人公の市職員はサメに襲われた可能性を上申するが鼻で笑われ、大会当日が近づく。
題材になったオオメジロザメ(ブルシャーク)は、淡水でも生きられる。最初に浮かんだイメージは「駿河湾からサメが富士山を見上げて、近づきたいと川をさかのぼる」。極限までサメを見せない演出は「ジョーズ2」に着想を得た。
サメとの出合いは小学生のころ。テレビのドキュメンタリー番組で、ヨシキリザメの泳ぎに魅了された。けれど、その思いは複雑だ。「好きだけど怖い。捕食される恐怖です」。ただ、サメが人間を好んで襲っているかのような「ジョーズ」の描写には不満がある。「サメはただご飯が食べたくて目の前にあるものを襲ってしまうだけ」
本書でも人食いザメが取りざたされるが、それはメディアによって形作られたイメージでもあるという。「本当はめったに襲わないことを知ってもらえればいいのですが、ホラー作家なので恐怖を作り出したい欲求もあり、イメージ作りに加担してしまった。自分の中でも矛盾を感じている。愛好家としては、本当にすみませんという感じです」(興野優平)=朝日新聞2019年10月30日掲載