国内外で40施設以上を運営する星野リゾートは5月、「マイクロツーリズム」を提唱し、話題を呼んだ。ウィズコロナ(コロナとの共存)期の旅行ニーズは「小さな旅行」だとして、自宅から近い地元を再発見する旅を呼びかけた。
地元で泊まろう
県境をまたぐ移動が制限される時期が続いたが、自治体も動いた。富山県が6月以降に実施している「地元で泊まろう!県民割引キャンペーン」もその一つだ。一人1泊で最大半額の補助がつく。井出明・金沢大准教授(観光学)は「氷見地方や宇奈月温泉への地元客の需要を掘り起こした」と評価する。「各都道府県内の住民が地元の観光地を訪れれば、地域経済をある程度支えられる。感染状況にもよるが、生活圏が近い隣県なども対象にすれば効果は増すはず」と話す。
例えば、岩手県の三陸海岸に住む人にとっては、花巻温泉などの内陸部への旅行は、県の広がりを再認識することになる。紀伊山地に住む和歌山県民が海沿いを旅すれば、「紀州」という概念を考え直すことにもつながる。「いわば身近な『異文化』を体験しに行ってみたくなりませんか」
さらに、井出さんは多様な楽しみ方に期待する。オンラインで旅の前後に客同士がやりとりを深めてコミュニティーを築いたり、地元で忘れられた産業遺産や「負の歴史」ゆかりの地を訪れた人にAR(拡張現実)などのバーチャルな情報を提供したり、「ITなどを積極的に活用し、旅行で生じるリスクを軽減しながら新たな『交流』の価値を生むことができる」という。
迎える側の実情、発信を
ただ、観光地の地域経済と、旅行業全般の課題は分けて考える必要がある、とも指摘する。京都のような大規模観光地や、東京五輪がかき入れ時だったはずの大手旅行業者は苦しい。出張などのビジネス需要や修学旅行といった団体旅行も当面は回復が見込めないと予想される。
「Go To トラベル」について「現状では期待した効果が得にくいだろう」とみるのは、五十嵐泰正・筑波大准教授(社会学)だ。先例として実績があるのは、2016年の熊本地震以来の「ふっこう割」。本来は波及効果が大きい施策だが、「外出自粛などのブレーキと経済振興というアクセルを、同時に踏んでいるように見えては消費者もためらってしまい、結局、支出も伸びない」と政府の説明不足に疑問を呈する。
国民に旅行への不安感が強いなかで、必要なのは「感染状況に応じた都道府県単位の発信」と五十嵐さんは指摘する。地域ごとの実情に合わせて、「旅行に来てほしい、今は来てほしくない、などと発信すべきだ。アウトドアは歓迎だが、大人数での会食は避けてほしいなどと具体例を出してもいい」。
コロナ禍を逆手にとって、地方活性化の可能性を広げる機会にもなり得るととらえる。例えば感染が広がる大都市圏を回避し、東北と四国を結ぶ臨時便や企画開発などローカル間の展開も「今なら試せる」。
著書『原発事故と「食」』がある五十嵐さんは、リスクに対する考え方が違う被災者や消費者の関係構築を考えてきた。コロナ禍でも大都市と地方、医療と観光など業界間の利害がぶつかっている。旅行する側だけでなく、迎える側もまた感染リスクに悩んでいる。
「経済か感染症予防かどちらをとるかではなく、政治の判断できちんと選択の範囲を定めたうえで、既往歴などで異なる個々人のリスク判断の差を認めるしかない。動かない人のおかげで防疫ができる。動く人がいれば経済が少しは回る。そう考えて互いを全否定せず、社会全体にとって少しでもプラスを目指そうという個々人の姿勢が大事だ」と話す。(大内悟史)=朝日新聞2020年8月5日掲載