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「動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか」 擬人化して考える危うさ唱える 朝日新聞書評から

評者: 田島木綿子 / 朝⽇新聞掲載:2025年06月14日
動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか 人間には感知できない驚異の環世界 著者:エド ヨン 出版社:柏書房 ジャンル:思想・社会

ISBN: 9784760156016
発売⽇: 2025/02/26
サイズ: 19.5×3.9cm/644p

「動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか」 [著]エド・ヨン

 生物が周囲環境を把握し活用するための方法はいろいろあるが、本書は感覚、つまり視覚、嗅覚(きゅうかく)、触覚、味覚、聴覚などを通して、生物たちがいかに周囲の環境を感じ、利用し、共に生きているかを、膨大な情報とともに紹介している。
 動物の外界に実在する環境全体のうち、それぞれの動物が知覚して体験できる部分を「環世界」と表現し、それぞれの生き物の側に立った視点もさることながら、新たな学術領域の可能性も感じさせることは斬新である。
 アリは化学物質であるフェロモンのおかげで、個体の限界を超えた「超個体」として活動することができるとか、動物は嗅覚を司(つかさど)る受容体から派生した光感受性のタンパク質で「光の匂いを嗅ぐことによって『見て』いる」とか、超音波を駆使して周囲環境を探知しているクジラを「生きた医療スキャナー」と呼ぶとか、本書では小難しい事象や機能を、おもしろおかしい言葉でわかりやすく表現している。
 一方、嗅覚受容体遺伝子の数を根拠のある数字で動物ごとに比較するほか、多くの動物でフェロモンを感知する鋤鼻(じょび)器官や耳の構造(哺乳類の場合、聴覚の要は三つの耳小骨であること)、イルカの超音波を発生する頭部構造の詳細な解説など、獣医学や解剖学を専門とする我々にとっても、なるほど、そういうことだったのかと新たな気づきや発見を与えてくれる。
 紹介される動物種の数にも驚かされる。アリやクモ、鳥類、シャコやエビ、コウモリ、そしてイルカやクジラまで陸・海・空に生きる生き物全てが視野に入っており、我々人間がマイノリティな生き物だと痛感させられる。
 そして、動物を擬人化してわかったつもりになってしまう不適切さ、動物の世界を動物たちの感覚でなく人間の感覚の枠で考えてしまう危うさなども唱えつつ、自然界をあるがまま捉えることの難しさ、逆にわからないから面白い、もっともっと探究したくなる興味深さを幾多の事例とともに紹介している。
 コロナ禍で世界人口の約五分の三が自宅にこもることを余儀なくされた時、自然界は暗く静かになった。その結果、これまでくぐもって聞こえたザトウクジラの鳴音や鳥の鳴き声がよりはっきりと聞こえるようになったというくだりを、我々は重く受け止めるべきだろう。
 本書には動物たちがいかに優秀かではなく、いかに多様であるかを紹介したとあるが、読めば読むほど、動物たちを賛美、感嘆、そして尊敬せずにはいられなくなる。
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Ed Yong サイエンスライター。スタッフとして活動する米アトランティック誌ではピュリツァー賞やジョージ・ポルク賞を受賞。著書に『世界は細菌にあふれ、人は細菌によって生かされる』。