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吉田悠軌「一生忘れない怖い話の語り方」書評 人気の「実話怪談」を生み出すテクニック

文:朝宮運河

 吉田悠軌『一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門』(KADOKAWA)は、これから「怪談をやろう」と考えているビギナーに向けて書かれた、おそらく史上初のハウツー本だ。自ら怖い話の書き手・語り手として長いキャリアを誇り、テレビ番組「クレイジージャーニー」など各種メディアにも出演する怪談研究家が、恐怖を生み出すためのテクニックを分かりやすく指南してくれる。

 なんてニッチな、と思うかもしれないが、世は空前の怪談ブーム。日本各地でイベントが開催され、怪談系の映像コンテンツも大人気。お笑いの世界で言う「M-1グランプリ」のようなコンクールも複数実施されている。動画配信サイトで怪談語りを披露する若いプレーヤーも急増中だ。カジュアルな趣味のひとつとして、怪談が受け入れられる時代が、実はすぐそこまで迫っている。

 なお著者が話題にしているのは、怪談のなかでもこの30年で著しい発展を遂げた「実話怪談」と呼ばれるジャンルのことだ。本書が「不思議な体験をした人から取材した体験談」と定義するこのジャンルでは、文章でも語りでも、誰かに取材した実話であることが大前提となっている。

 そこで本書はまず、怪談取材の方法をレクチャーする。見ず知らずの相手から不思議な体験談を引き出すためには、社会人としてのマナーと相応のテクニックが必要だ。興味深かったのは、取材相手に謝礼を支払うべきかという話題。大いに気になるところだが、著者は「怪談とは、そうした卑しい実利主義から、最も縁遠いもの」として、払う必要はないと述べている。

 取材した体験談を再構成(編集)する際にも、やっていいことと悪いことがある。たとえば聞き手をゾッとさせようと、体験談になかったオチをつけ加えるのはNG。これは実話怪談の倫理に反するだけでなく、実話ならではの生々しさを削ぐことにもつながりかねない。他の創作ジャンルとは異なり、実話怪談では分かりやすいオチがない方がむしろ喜ばれるのだ。これまで怪談マニアの間で共有されてきたこうしたセオリーが、あらためて言語化された意義は大きい。

 続くふたつの章では、怖い怪談の書き方、語り方が具体的に述べられている。怪談の怖さがどこからくるのか、実例を挙げながらロジカルに解説していくこのパートは、怪談鑑賞の手引きとしても有益。実話怪談における視点の問題や、自らの体験談を語る「私怪談」といわゆるニュージャーナリズムの類似点、「カジュアル」と「シアトリカル」に大別される語りの技巧など、目からうろこの指摘の連続だ。ふだん何気なく読んだり聞いたりしている怪談が、「実はおそろしく深い広がりを持つ、なんとも不思議な表現形式」であることに気づかされるだろう。学生時代、大島渚や原一男の先鋭的ドキュメンタリー映画に熱中したという著者だけに、「実話」の孕む危うさについても、鋭い目が向けられていて興味深い。

 さらには怪談コンクールの勝ち抜き方、昭和から令和にかけての実話怪談史まで掲載されており、まさに至れり尽くせりの内容。プレーヤー志願者向けの実用書としても、ポップカルチャー化した今日の実話怪談シーンのガイドブックとしても、絶好の一冊である。こちら方面に関心がある向きには、広く一読を勧めたい好著。