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美と恐怖が入り交じる、魔術的ファンタジー 山吹静吽さんが5年ぶりの新作「夜の都」

山吹静吽さん=撮影・松嶋愛

ホラーは何でも受け止めてくれる、懐の深いジャンル

――山吹さんは2017年、『迷い家』で日本ホラー小説大賞・優秀賞を受賞してデビューされました。そもそも小説を書き始めたきっかけは?

 創作を始めたのは大学時代です。昔から人の話をまったく聞けない人間で、大学の授業中もノートにずっと落書きをしていたんですよ。文字を書いていたら、勉強しているように見えますから(笑)。それが小説を書き出したきっかけで、そのうちに面白くなって本格的に創作をするようになりました。

――その当時からホラーを書かれていたんですか?

 ホラー系が多かったですね。ホラーは懐の深いジャンルで、どんな作品でも受け入れてくれるところがある気がします。『迷い家』も書き上げて、さてこれをどこに応募しようと考えたら、日本ホラー小説大賞しか考えられなかった。歴代の受賞作はバラエティに富んでいますし、こんな変わった話でも受け止めてくれるんじゃないかと思ったんです。

――たしかに日本ホラー小説大賞の受賞作は、SF系からサイコサスペンスまで広いですよね。歴代受賞作でお好きな作品は?

 昔読んで衝撃を受けたのは瀬名秀明さんの『パラサイト・イヴ』、貴志祐介さんの『黒い家』。恒川光太郎さんの『夜市』も強く印象に残っています。恒川さんは受賞後に書かれた『秋の牢獄』も好きなんですよ。主人公が同じ一日を何度もくり返すという、ループものの先駆のような作品です。これは個人的な考えですが、ホラーは怖さだけに特化しない方がいいのではないでしょうか。『リング』があれだけヒットしたのも、貞子の恐ろしげなキャラクター以上に、設定やストーリーが面白かったのが理由ですから。

――幻想系の『夜市』がお好きというのは納得です。大学卒業から作家デビューまではどのように過ごされていたんですか。

 作家になりたいという希望はありましたが、経済的に厳しい仕事だということも分かっていたので、生活できるだけの収入をまずは得ようと。それで同居していた友人と、廃品回収などの仕事をして暮らしていました。行き当たりばったりで、とても自慢できるような暮らしじゃありません。その後は介護の仕事に就きまして、お年寄りの戦争体験を聞く機会がありました。子どもの頃、平和学習で戦争の話を聞いたことがありましたが、やっぱり子ども向けに言葉を選んでいるんですね。それに比べて、介護現場で聞いた戦争体験は生々しく、切実なものが多かった。その際に聞いた話が、『迷い家』で戦時中の暮らしを書くのに役立ちました。

山吹静吽さん

外国人少女の目から描かれる、神秘の近代日本

――『夜の都』はデビュー作から5年ぶりとなる新作。謎めいた「月の姫」の伝説を背景にした、不気味で美しい怪奇幻想小説ですが、発想の出発点は?

 当初から漠然とあったのは、『竹取物語』を題材にした作品を書いてみたいという着想でした。そこでまず考えたのは、かぐや姫が残していった不死の薬を富士山まで捨てに行く、という『ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)』のような話です。しかし担当さんから、「あまりそこまで昔を舞台にしない方がいいのでは」とご提案されて、そうかもしれないなと。それで『竹取物語』の要素を残しつつ、もう少し近い時代を舞台にすることにしました。そこから物語を組み立てるのに難航して、「これだ」という正解が見つかるまでに5年かかった、という感じですね。

――物語の舞台は1920年代、両親とともに東洋の島国を訪れた14歳のライラは、西洋人向けの瀟洒なホテルに滞在中。その裏山で古い井戸を発見したことから、奇妙な出来事に巻き込まれていきます。異国の少女を主人公にしたのは、どういう理由からですか?

 初めは日本人が主人公だったんですよ。サナトリウムで療養している少女が異界に入り込む、という話をしばらく書き進めていたんですが、どうにも現実パートが面白くないんですね。それで思い切って、外国人を主人公にしてみようと思いつきました。そうすることで見慣れた風景を異質なものとして、異界に近いものとして書くことができるんじゃないかなと。『竹取物語』を知らない主人公、というのも重要なポイントでした。日本人ならば「月の姫」と聞いてすぐに『竹取物語』を連想してしまいますから。

――ライラは、眠りの中でもうひとつの世界を訪れるようになります。星のない夜空、広大な荒野、化石のような木々、シャンデリアの灯る大広間。この異世界描写がとても印象的です。

 今回は『迷い家』とは対照的に、美しくきらびやかな話にしようと思っていました。といっても美しいイメージを並べるだけでは意味がない。幻覚や夢のシーンはホラー映画でもおなじみですが、物語と絡んでいなければ面白くないんですね。この作品では、美しくきらびやかな情景が敵の攻撃である、という設定になっています。懐かしい祖父母の家が出てきたり、慣れ親しんだ童話の場面が出てきたりという楽しいイメージは、すべてライラを引き込むための罠なんです。

――ライラが訪れた世界では、ガラスのように透き通った体で、頭部から触手を生やした生物が舞い踊っています。「妖精」だと書かれていますが、明らかに異様な存在ですよね。

 ライラは西洋人なので目にしたものを、西洋の概念に当てはめているんです。作中で「妖精」「亡者」などと呼ばれている存在は、日本人ならば妖怪とか他の言葉をあてたかもしれません。そういう翻訳文学的な、一枚フィルターを介したような感覚が、異質な面白さに繋がるのではないかと考えました。

『夜の都』(KADOKAWA)

『竹取物語』×クトゥルー神話!?

――その異界でライラは、「クダン」と名乗る魔女に呼びかけられます。「月の姫より直々に眠りの魔術を授かりし禍の魔女」を自称するクダンは、この物語のキーパーソンです。

 クダンといえば人の顔に牛の体をもち、不吉な予言をするという妖怪です。クライマックスである歴史的な事件を扱うことが決まっていたので、それとの関わりでクダンの名称になりました。もっともこの作品のクダンは妖怪ではなく、超能力のある人間ですが。

――月の姫はかつて地上に降りてきた「旧き神」。神話的スケールの出来事が現実に影響を及ぼすという構図は、『迷い家』でも見られたものですね。

 大昔に宇宙から旧い神が飛来して、周囲にさまざまな影響を及ぼした。それが物語となって伝えられたのが『竹取物語』なんだという設定なんです。こういう裏の歴史みたいなものを考えるのは好きなので、つい入れてしまいますね。

――眠り続ける旧い神、という響きから「クトゥルー神話」(※怪奇作家H・P・ラヴクラフトらの作品をもとにした架空神話。ゲームやアニメでもよく用いられる)との関連が気になるのですが……。

 おっしゃるとおりです。月の姫の正体をちゃんと書こうとすると、それだけで長大になってしまうし、どう表現しても唐突感が否めないと思ったんですね。だったら思い切って「外注」しようと(笑)。せっかく世の中には自由に使っていい設定があるのだから、使わない手はないぞということです。濃いマニアの方が多い世界なので、あまり声を大にしては言えないですが、クトゥルー神話的なものは昔から好きで読んでいました。

魔術も創作も人生を狂わせ、救うもの

――1000年もの間、月の姫に奉仕し続けてきたクダン。クダンの誘いを拒みながらも、くり返し異界を訪ねてしまうライラ。そんなライラに警告を発するホテルの老支配人トキ。魔術に関わりをもった3人の女性のドラマが、めくるめくイメージとともに展開していきます。

 なぜライラがくり返し異界を訪れてしまうのか、その部分を考えるのには苦労しました。前作の『迷い家』が恐ろしい異世界に迷い込んで、そこから逃れようとする話だったので、違う動機を考えなければいけない。楽しすぎて逃れられないという理屈と、「眠りの砂」という設定を思いつくまでに、2年くらいかかっています。納得のいく物語の型が見えるまで、とにかく時間がかかる人間なんです。

 トキはこのままクダンと関わっていくとどうなるか、ライラに示唆してくれる存在。ライラとは違った道を歩んだ先輩であり、日本のことを教えてくれるガイド役でもあります。

――月の姫のために一生を捧げ、魔術を後継者に授けようとするクダン。しかし彼女の思いに月の姫は答えることがありません。そこがなんとも哀切で、残酷ですね。

 クダンが月の姫に向ける感情は、小説に対して抱いている感情そのものなんです。僕にとって小説を書くという行為は、まあ辛いものなんですね(笑)。トンネルを掘りながら迷宮を攻略しているというか、めちゃくちゃ複雑なストラテジーゲームを延々プレイしているような感覚です。難所がいくつもあって、次々に敵が現れて……。物語自体が完成を阻んでいるんじゃないか、という絶望的な気分になることもあります。でも少しずつ小説の完成形が見えていくのは達成感がありますし、他人の作品からヒントが得られた時の喜びは、何ものにも代えがたい。手が届かないものへの憧れや感謝、祈るような思いを、クダンの生き方に投影しているんです。

――では作品に登場する魔術は、創作行為の比喩でもあるわけですね。

 作者としてはそういう意識で書いています。この作品の魔術は迷っている人を導き、救うものですが、現実的には何の利益も生み出しません。それは創作も同じだと思うんですね。創作行為は人生を狂わせるような中毒性があり、生きがいを与えてくれる。でも無力なものでもある。クダンとライラとトキ、三者三様に異なる生き方は、創作者のさまざまな立場を反映させたものなんです。

山吹静吽さん

美しく無慈悲な魔法少女物語

――現実と幻想の拮抗を描いたダークファンタジーとしてはもちろん、小さい魔女・ライラの成長物語としても、もうひとつの近代史を描いた物語としても、読み応えのある力作だと思います。あえて読みどころをひとつ挙げるとしたら?

 すべてが読みどころと言いたいのですが、あえて言うなら魔術を使ったバトルシーンでしょうか。後半になるほどボルテージが上がっていく激しいバトルは、『迷い家』にはなかった要素だと思っています。担当さんが本の帯で「美しく無慈悲な魔法少女物語」と書いてくれたのですが、まさにそういう作品が書けたんじゃないかなと。

――こうなると次回作も気になるところですが、今後もホラー系をお書きになる予定ですか。

 そうなるでしょうね。色々書いてみたいという希望はありますが、結局は異界の出てくる話が好きですから。『夜の都』でライラが覗いた古井戸は、実は『迷い家』の作中ですでに言及されているんです。今後も『迷い家』に登場している無数の怪異譚から、ネタを拾うのもいいかなと思っています。

――おお、それは楽しみです。まさか次も5年後、なんてことはないですよね?

 『迷い家』も完成まで5、6年かかっているので、確かなことは言えないんですが……(笑)。なんとかペースをあげられるよう頑張ります。小説に打ち込んでいる瞬間が生きていて一番充実していますから。体力の許す限り、異界の物語を書き続けていきたいですね。