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脳の生後発達「3歳児神話」はウソである 『脳の誕生』より

記事:筑摩書房

original image: Orlando Florin Rosu / stock.adobe.com
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 研究者は「他の動物でも正しいことは、進化したヒトでもおそらく正しい」と信じて研究を行っています。逆に、生後の脳の発達に関しては、むしろヒトにおいて研究が進んでいる部分があります。

 ヒトの脳の生後から思春期に至る発達過程において、シナプスや樹状突起の刈込みが確かに生じているであろうことを推測できる証拠があります。それは、経時的に撮影した脳の画像データに基づいています。

 脳の病気のときに、大きなトンネルのような装置に入って脳の中を精査することがありますね。核磁気共鳴イメージング法(MRI)という方法で、頭蓋を開けずに脳の中の構造や神経活動の様子を調べることができます。17世紀のレンブラントの絵画に描かれたデイマン博士は、遺体の頭蓋を開いて脳を観察しましたが、現代ではいろいろな方法で、脳を取り出さないで調べることができるのです。

 さて、米国のニティン・ゴッティらはこのMRIを使って、子どもの脳の発達に伴う変化の様子を調べました。実験に同意した13名の子どもを集め、2年おきに脳画像を撮影することにより、4歳から21歳のデータを収集した後、それぞれの年における灰白質の厚みの平均値を算出し、その変化について解析しました。

 脳の中で白質は髄鞘化した軸索によって構成されていますが、灰白質にはニューロンの細胞体(核の存在する膨らんだ部分)が存在し、その厚みは、樹状突起の張り出しに依存します。したがって、成長にともなって樹状突起の刈込みが生じると、灰白質はだんだんと薄くなっていきます。つまり、灰白質が厚い部分はまだ未成熟で、薄くなった部分は成熟が進んだということを意味します。

 ゴッティらが行ったMRI検査の結果、脳は領域ごとに成熟の仕方が異なることが分かりました。比較的成熟が早いのは脳の後ろ側、つまり視覚野です。成熟が遅いのは脳の前側面、とくに右側の方が遅く成熟するようです。前頭葉の中でも、成熟は後ろから前に進みます。すなわち、運動の制御に関する領域の成熟が早いのに対し、意思決定などに関わる前頭前野と呼ばれる領域の成熟がもっとも遅く、その変化は21歳まで続いていました。なお、脳の成熟に伴う髄鞘化もまた後頭野の方が早く、前頭前野が遅いという傾向があります。いずれにせよ、「ヒトの脳は3歳頃までに出来上がる」という「3歳児神話」は、事実ではないことが分かります。なお、脳の成熟の仕方には男女差があり、一般的には女性の方が早いことも調べられています。

 これらの研究から、脳の生後発達について普遍的に言えることがあります。一つは、系統的に古い脳の方がより早く成熟し、前頭葉のように進化の過程で後から発達した脳の領域はゆっくり成熟するということです。

 もう一つは、脳の成熟は、子どもの認知機能や精神機能の発達に伴って進行するということです。赤ちゃんは首が据わる前から、動くものを目で追いかけますよね。これは、視覚の発達が早いことを意味します。逆に、前頭葉の発達が遅いことは、思春期の子どもたちの価値判断や意思決定が大人並みになるには、かなりの時間がかかることを意味します。この思春期の脳の成熟過程の脳画像はムービーにもなって公開されていますので、是非、年齢とともに生じる変化を実際に動画でもご覧になってみてください。

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