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読む/視るとき何が起きる? 紙/電子を越えるリテラシーのために 紀伊國屋書店員さんおすすめの本

 今年は「ステイホーム」でますます「画面モード」中心になった方も多いでしょう。こんな時だからと無料コンテンツも大盤振る舞いでしたが、ネットの動画はつくづく時間泥棒ですよね。でも本屋としては、たまには刺激いっぱいの画面を閉じて、自分と向き合える読書のひとときに浸りませんか?とは思います。でもなんで本なのよ?と突っ込まれたときに、よりどころになる本を選んでみました。

読む脳の科学

 メアリアン ・ウルフ『デジタルで読む脳×紙の本で読む脳 ―「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる』(インターシフト)は、邦訳刊行がコロナ禍の進行と重なってしまったのが不運でしたが、読書人必読の好著です。

 名著『プルーストとイカ ― 読書は脳をどのように変えるのか?』(インターシフト)で知られる認知神経科学者にして「読む脳」(Reading Brain)の科学の第一人者が、今度は読者への手紙という親密なスタイルで、読書の科学的基盤から最新の研究、教育実践までの凝縮された話を、やさしく語ってくれます。児童発達心理を専門とする著者の、教育現場で子どもたちの読み書きの指導に悩み抜いた経験も、科学的な知見と実践的な読書教育をつなぐ本書の提言に説得力を与えています。

 著者によれば、読書が私たちにもたらす一番大事な贈り物は「深い読み」であり、例えば、批判的な分析であったり、他者への共感であったり、視点取得(perspective-taking)であったり、要は私たち人文書の読者が「教養」と呼びたいものとかなり重なります。

 ところが、ここからが難しいのですが、読書は長い人類史の中ではごく最近の文化であって、しかも子どもたちは発達の過程で「読む脳」をそれぞれ新たに獲得しなければなりません。「読む脳」は、視覚、言語、認知、運動、感情を担う各部位が可塑(かそ)的に、まるで曲芸のような連携プレーを繰り広げる、驚異の劇場です。リテラシー(読み書き能力)の教育は、年代別に、また子どもの進度や適性に応じて、繊細なアプローチを求められます。

 しかし現実には、多くの子どもたち(米国では三分の二)が十分なリテラシーを身につけられず、学校の勉強についていけなくなり、その先の人生からも落ちこぼれてしまいます。教育における格差が経済的な格差や社会の分断にもつながる事態は、日本も他人事ではなくなっていますし、コロナ禍も子どもたちの学習機会に大きな影響を与えています。それだけに、リテラシーの社会全体にとっての重要性を訴える著者のメッセージは今ますます切実です。

 さて、今日のデジタル社会は、常に即時の刺激を求めてやまず、私たちの知性のありかたを根本的に変えつつあります。ますます進む紙からデジタルへの移行によって、「深い読み」も失われなくてはならないのでしょうか。また、次代を担う子どもたちの知性のために、親として教育者として、どのような構えが求められているのでしょうか。

 著者は、幼い子どもたちをデジタル漬けにするのは現状では危険で、まずは読み聞かせなどで(五感を働かせて共感することができる)紙の本に親しませ、成長してデジタルコンテンツに触れる際には紙の本で培った「深い読み」を働かせることで、紙とデジタルの長短を知りながら使い分けできる「バイリテラシー」を提唱します。デジタルコンテンツの子どもの発達への影響はさらなる研究が待たれるものの(著者もデジタル学習の改善に取り組んでいる)、この過渡期に次代へ受け渡すべき文化を守り育てるための処方箋として、本書は必須の参照点といえるでしょう。

 さらに奥深い知的背景を探りたい方には、十年以上前ながら著者の一般書デビュー作となった前著『プルーストとイカ』は、今でも読む価値が十分あります。脳科学的により詳しい解説に加えて、原初の文字をめぐる驚異の思考から、現代の子どもたち(著者自身の子息も)のディスレクシア(失読症)の知られざる世界まで、一気に読まされますが、書名の「プルースト」はもちろん、文学への愛の深さにも打たれる本です。実のところ、著者は大学で文学を専攻した後で、教育現場で子どもたちのリテラシーの問題にぶつかり、ハーバード大学院に入り直して今の専門で博士号を取ったのでした。領域を越える知性とはこういうものかという読後感が残る傑作です。

メディアとしての紙は不滅!?

 紙の本か電子書籍かという議論は、それこそ前世紀末から延々と繰り広げられてきたのですが、左右のイデオロギー対立のような果てしない感じもあったので、近年になってようやくメアリアン・ウルフの本も好例である科学的なアプローチが出そろってきたのは喜ばしいことです。

 柴田博仁・大村賢悟『ペーパーレス時代の紙の価値を知る ― 読み書きメディアの認知科学』(産業能率大学出版部)は、これぞ実証的という日本の技術畑の研究者らしい労作です。電子ペーパーの開発に取り組んでいた著者が、紙と電子メディアの使い勝手の比較に取り組むうちに、紙ならではの長所に次々と気づかされるというのが面白いところです。

 仕事で文書を扱う方なら、画面で見るより紙に印刷して読む方が誤りを見つけやすいのに気づくと思いますが、本書は読み書きの種々の場面にわたる作業課題の対照実験を通して、紙がまだまだ多くの面で優位性を保っていることを示していきます。「ページめくりの認知負荷」などの具体的なプロセスの操作性で比較すると、紙というインターフェースがいかに人間の生理になじんでいるか気づかされますし、読みながら文字列を指でなぞると理解も読解速度も向上するというのは、まさに自分も無意識にやっていたことで、目からウロコでした。

 本書は、だからといって紙を一方的に礼賛しているわけではなくて、場面に応じてツールとして何が最適かという視点から、紙と電子を使い分けるべきという提言をしています。ただ、どうも私たちは「ペーパーレスオフィスの神話」ではないですが、合理的な判断が求められるビジネスにおいても、今の時代は一方向にこう進むべきというイデオロギーにとらわれがちではないでしょうか。

 紙から電子への移行は、物理的接触そのものが忌避されるようになったコロナ禍もあいまって否応ない現実として進行中ですが(そして人間側が慣れろという空気ですが…)、だからこそ電子メディアは紙のよいところをもっともっと学んで、自然と使いこなせるものになって欲しいのです。

読む/視るときに何が起きているのか?新たなリテラシーへ

 最後に、メアリアン・ウルフが一身で体現しているような、文理を越える読書の科学と実践に期待しつつ、その未来をイメージするための「視る本」として、座右に置いておくと愉しくなる本を挙げておきます。

 ピーター・メンデルサンド『本を読むときに何が起きているのか ― ことばとビジュアルの間、目と頭の間』(フィルムアート社)は、本の中で描かれた事物を頭の中で思い描くという読者の誰もがしているけれども共有困難な行為の内奥に迫る、いまだかつてない書物でした。一流のブックデザイナーが『アンナ・カレーニナ』『白鯨』といった世界文学の名作を中心に繰り広げる読書の現象学は、簡潔にして知的含蓄のあるテクストと、新たな想像に誘うフックのあるビジュアルの協奏によって、ページを繰るたび過去の読書の記憶とともに、自分の脳まで掘り起こされるような不思議な体験にハマれます。

 加えて、同じ出版社から、同じ山本貴光さんの解説で刊行された、モリー・バング『絵には何が描かれているのか ― 絵本から学ぶイメージとデザインの基本原則』(フィルムアート社)も、見逃せません。カナダのベテラン絵本作家が、誰もが知る「赤ずきん」を描いてみるなどの例を通して、絵が私たちの感情を揺り動かすしくみをこれ以上ないほどシンプルに絵解きしてくれます。版元フィルムアート社は、海外の「ビジュアル・リテラシー」ないし「イメージ・リテラシー」の潮流を早くから紹介してきましたが、私たちの誰もが表現者になり得るデジタル時代のリテラシーとしても必修ではないでしょうか。

 新たなリテラシーという意味では、テクストとイメージの結びつきがますます重要です。研究の蓄積もある文学、芸術、言語、心理、教育、情報などの分野を越えて、面白い協働の成果が続々と出てくるでしょう。

 ニール・コーン『マンガの認知科学―ビジュアル言語で読み解くその世界』(北大路書房)が遂に邦訳されたのは、緊急事態宣言下で自宅勤務中に接した朗報でした。著者は前回のコラムで取り上げた言語学者レイ・ジャッケンドフとも親しい(『思考と意味の取扱いガイド』のイラストも担当している)認知科学者にしてコミック作家で、言語学と認知科学の知見を駆使して、(日本のマンガを含む)コミックの視覚の文法に迫ります。原書(The Visual Language of Comics : Introduction to the Structure and Cognition of Sequential Images)も非常に好評でしたが、学術書のスタイルを貫きつつも一般読者に届くポップな論述、マンガ愛が伝わる著者自身のイラストで、ページが進みます。私たちがマンガを読むときに頭の中で起きていることを可視化してくれる、これまた「ビジュアル・リテラシー」の必読書です。