現代思想の新潮流・2010年代後半の「実在論ブーム」が面白い! 紀伊國屋書店員さんおすすめの本
記事:じんぶん堂企画室
記事:じんぶん堂企画室
真面目な分野であるほど「ブーム」というものは批判されがちですが、とはいえ本を売る側にとっては貴重なものです。なにせ人文書というジャンルにブームなんてめったに訪れませんので、ある本が売れて、近いジャンルの本が出てまた売れて、それらが集まって書棚の中に新しい雰囲気の一角ができる……。このような経験はなかなかできるものではありません。
近年登場したそんな貴重なブームが、2015年前後から始まったこの「実在論ブーム」なのです。
売り上げのインパクトでこのブームを象徴するのは、もちろん「なぜセカ」こと『なぜ世界は存在しないのか』(講談社)です。著者であるドイツの哲学者マルクス・ガブリエルは今や引っ張りだこですね。
他にも、思わず手に取りたくなるような気になる本がこのブームによってどんどん翻訳・出版され、哲学・現代思想の平台はフレッシュな翻訳書であふれかえりました。ここではその雰囲気を少しでも味わっていただくために、そのいくつかを紹介したいと思います。
このブームのスターと言えばやはり現代フランスの哲学者・メイヤスーでしょう。代表作『有限性の後で 偶然性の必然性についての試論』(人文書院)が登場した時のインパクトは忘れられません。哲学の世界ではほとんど常識とされてきた「認識できないものについては、思考することもできない」という原則を真っ向から否定し、私たちの思考の外部にあるものの実在を主張して、「思弁的実在論」と呼ばれる潮流を生み出しました。
また、彼は世界が現在のような姿であることの必然性も否定し、明日世界が全く違う姿になってもおかしくないと主張します。この大胆な議論がどのように成立するのか、それはぜひ読んで確かめてみてください。著者のエッセンスが詰まった短い論文を集めた『亡霊のジレンマ 思弁的唯物論の展開』(青土社)から入ると読みやすいと思います。
続いて紹介したいのはグレアム・ハーマン『四方対象 オブジェクト指向存在論入門』(人文書院)です。ハーマンは前述した「思弁的実在論」のブームを英語圏で起こした仕掛け人の一人であり、本人の哲学は「オブジェクト指向存在論」と呼ばれます。
彼の理論の特徴は、人間やモノ、そして想像上の産物までの全ての存在を「対象」として平等に扱い、全てのものが相互に関係を結ぶという点です。著者の言葉を借りれば、「日本の寺に出るお化けや月の不思議な光のように奇妙なもの」もまたその対象となります。著者の、軽妙な語り口ながら硬質な理論がどのようにそれを説明するのか、読んでのお楽しみです。
これらの著者たちと関連しつつ、同時期に紹介されたのが「人類学の存在論的転回」と呼ばれる一連の流れです。従来の人類学を、存在論つまり「そもそも存在とは何か」という哲学的な観点を導入することによって刷新しようという動きで、これまで紹介したような実在論の議論ともつながりがあります。
ここで挙げるのはブラジル出身のエドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロによる『食人の形而上学 ポスト構造主義的人類学への道』(洛北出版)。ドゥルーズ+ガタリらの哲学と人類学を接続する著者がアメリカ先住民の文化から見いだすのは、「パースペクティズム」「多自然主義」という驚くべき世界観です。それは例えば、「ジャガーにとってはジャガー自身が人間であり、獲物の血はビールである」というような謎めいた転倒により、我々のものの見方を揺さぶります。
これらの著者たちの本にはみな、「今までのやり方には納得できないんだ!」という活発な勢いを感じます。そしてその勢いが、お互いの理論の共通性によってつながり、ひとつの大きな流れを形成しているのが読んでいてわかります。「ブーム」と言ってしまうと言葉が軽いのですが、このような勢いを感じることは本を読む上でとても楽しいことです。
最後に、日本人著者による関連書を挙げましょう。久保明教『ブルーノ・ラトゥールの取説』(月曜社)です。フランス出身のラトゥールにはすでに何冊も訳書があったのですが、これまで見てきたような新しい理論群に影響を与えた存在として、近年改めて注目を集めています。
彼の理論は「アクターネットワーク論」と呼ばれ、この世界は全てのアクター(人やモノなどの行為者)が相互に影響を与え合うネットワークであり、私たち自身も常に他のアクターによって変わり続けるという観点から科学技術や社会を捉えます。この本は広範なラトゥールの思想をコンパクトにまとめた得難い入門書となっています。
以上、2010年代後半に日本に紹介された「実在論ブーム」の関連書を、あくまでミーハーに紹介してみました。哲学や現代思想などの本は学術書の部類に入るかもしれませんが、その内容は決して専門家だけに向けたものではなく、広く一般読者にも開かれています。「なんとなく面白そうだな」とか「なんか盛り上がってるな」というくらいの気持ちで気軽に手にとってみてもらえたらうれしいです。
そして、哲学というのは、ひたすら枝葉を削ぎ落とした「原理」を見いだそうとする行いです。気がかりなことが多い日々に、物事の「原理」について考えることは、大きな癒やしにもなると感じています。
すでに評価の定まった古典も大事ですが、同時代を生きる新しい著者たちの本にもぜひ挑戦してみてください。