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「ネット右翼」の実態や背景を知るために 紀伊國屋書店員さんおすすめの本

記事:じんぶん堂企画室

ベテラン記者M(以下M):「ネトウヨ、ネット右翼、ネット右派、排外主義者、歴史修正主義者……」

中堅記者K(以下K):「何をぶつぶつ言っているのですか? 楽しい話ではなさそうですね」

M:「SNSでネット右翼に絡まれたのだよ。しかし、あのリテラシーのなさは何なんだろうね、困惑するよ。なぜ多くの若者があんなふうに闇落ちするのか、考えないといけないと思っている。低学歴だったり、低収入だったり、理由はあるのだろうけれど」

K:「それは大変でしたね。でしたら、まずは事実関係の把握が先でしょうね。最近の研究(樋口直人ほか『ネット右翼とは何か』青弓社刊)によれば、ネット右翼の実態は、一般のイメージとはかなり異なるようです。まず数自体がネット利用者の2%未満とあまり多くはない。女性より男性が多いのは確かですが、必ずしも若者ではなく、むしろ40代以上がボリュームゾーンだったりします。学歴が低いわけでもなく、収入が低いわけでもない。自営業や経営者、技術者も含まれます。ただ、主観的には自分は不利な地位にいる、という認識は共通するようです。一種の被害者意識と考えればいいでしょうね」

M:「意外だな。客観的には必ずしも負け組ではない、ということか。だとすると、しかし、コミュニケーションができない、というか、話がまったく通じないのはなぜだろう」

K:「ひとことで言えば、「ゲーム」が異なる、からでしょう。この点については、歴史修正主義の興隆をメディア論の視座から分析した倉橋耕平『歴史修正主義とサブカルチャー 90年代保守言説のメディア文化』(青弓社)が示唆的です。

言説のヘゲモニーを握るために、対抗する相手を「説得性」の基準で「相対化」「論破」する。それは、「真実」「真理」の積み重ねよりも、いま目の前で展開されている議論や批判に反応した知的態度ということもできるだろう。だが、他方でこの態度が目的化したとき、「真理」は後景化して、言説の内部整合性だけが前景化する。(P.112)

 ネット右翼については、その「言説の内部整合性」ですら、ごく表層的・瞬間的なものでしかないですけどね。なお、倉橋の議論はすぐれて学術的なので、もし難しく感じるようであれば、雨宮処凛・編著『ロスジェネのすべて 格差、貧困、「戦争論」』(あけび書房)の倉橋・雨宮対談がおすすめです。かつて(ネットではなくリアルな)右翼として活動していた雨宮の「この数年で読んで一番鳥肌が立った本」が『歴史修正主義とサブカルチャー』とのことで、彼女の「黒歴史」を背景とした対談は、倉橋の議論をわかりやすく解きほぐしてくれています。ほかの対談も読みごたえがありますよ」

M:「なるほどね。「ゲーム」が異なるのか。わかるけど、自分とは縁遠いような気がしてしまうな」

K:「正直、自分もそうでした。伊藤昌亮『ネット右派の歴史社会学 アンダーグラウンド平成史1990‐2000年代』(青弓社)を読むまでは。いまは、自分も一歩間違えば、彼らと同じだったのだろうと考えています」

M:「どういうことだい?」

K:「そうですね。伊藤は、ネット右派(本書では「保守」「右翼」「極右」などを含む、より緩やかな概念として「右派」という語が用いられています)の多様な起源と歴史を、歴史社会学の手法を用いて、おそるべき緻密(ちみつ)さと鮮やかな手際で、内在的に明らかにしようとしています。その際、ネット右派言説を構成している主要なアジェンダ(「嫌韓」「反リベラル市民」「歴史修正主義」「排外主義」「反マスメディア」)とネット右派運動の担い手となってきた主要なクラスタ(「サブカル保守」「バックラッシュ保守」「ビジネス保守」「既成右翼系」「新右翼系」「ネオナチ極右」)の集合体ないし相関関係として分析するのですが、ポストモダニズムの洗礼を受けた世代には身に覚えのある話がいくつも語られるのです。たとえば、わかりやすいところでは、既成左翼やリベラルへの「反発」はごくふつうのことでしたよね」

M:「……そうだった。民主主義や人権を疑え、などだね」

K:「ええ。本書は、ネット右翼の理解には必須の著作ですし、大著ですが、非常に読みやすいのでぜひ読んでみてください」

M:「そうするよ。おそらく内在的に理解するのが重要なのだろうね」

K:「はい。その意味では、田野大輔『ファシズムの教室 なぜ集団は暴走するのか』(大月書店)も参考になります。ファシズムの「魅力」を「体験学習」を通じて学び、その危険性を理解するという本書のアプローチは、ネット右翼の理解と克服にも応用できると思います」

M:「よくわかった。ありがとう。この先は自分の仕事だね」

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