『ザンビアを知るための55章』――東京オリンピックと同時に独立したアフリカの国
記事:明石書店
記事:明石書店
世界地図を見てみよう。アフリカ中南部の内陸部に哺乳類の胎児を思わせる特徴的な形をした国がある。人によってはピーナッツの形、あるいは、肘を曲げて力こぶを出した腕の形だということもある。それがザンビアだ。
この国は1964年10月24日にイギリス保護領北ローデシアから独立して誕生した。独立の日は奇しくも東京オリンピックの最終日と重なった。北ローデシア代表として大会に参加していた選手団は、この日、ザンビア代表となった。彼らは閉会式にザンビア国旗を掲げて会場を行進し、これがザンビア国旗が世界に発信される最初の場となった。ザンビアと日本の深い縁はこの日から始まったのだ。
赤道からそれほど離れていない位置にありながら、ザンビアの気候は朝晩が涼しく爽やかである。河川流域以外のほとんどの土地が標高1000メートルを超える高地にあるからだ。気候の爽やかさに人々の穏やかさが加わり旅行者にとって魅力的な国であり、そして何より内乱や紛争もなく治安が良い。滞在者に安心感を与える「平和」な国でもある。
この本は、自然から文化、民族、政治経済に至るまでザンビアを様々な視点から多角的に紹介しているので、好きな章やコラムから読んでいただければ幸いである。本の内容紹介も兼ねて、日本との関係やこの国の現状や魅力的な自然について簡単な紹介をしておきたい。
独立の日の奇跡的な縁でスタートした両国の関係は、独立後27年間政権の座にあったカウンダ大統領(在任 1964~91年)が親日的であったこともあり、現在に至るまで極めて良好に推移してきている。日本の対アフリカ経済協力の中でザンビアは常に上位を占め、国際協力機構(JICA)による援助協力事業は、教育、医療、獣医学、衛生、技術協力、村おこし、スポーツなど多岐にわたっている。
研究の分野でもザンビアとのつながりは強い。ローズリヴィングストン研究所(1937年設立)の伝統を受け継ぐザンビア大学のアフリカ研究所は、外国人研究者にも積極的に調査機会を与えてきた。この恩恵を受けて多くの日本人研究者も調査に出かけた。その結果ザンビアは日本におけるアフリカ研究の一拠点となった。この本の随所に現地調査のこぼれ話がみられるのは、このような現地調査のおかげである。
ザンビアは、輸出の7割を銅とコバルトに依存するモノカルチャー経済の国だ。国の経済が常に銅の価格変動に左右される体質は今も変わっていない。さらに内陸国であることからくる銅の搬出路の確保は常に政府を悩ませてきた。
独立直後、政治的に敵対する南の2つの白人国家(南ローデシアと南アフリカ)に銅の輸出路を握られていたため、そのリスクを緩和するためにタンザン鉄道を建設したことはよく知られている。その後南アフリカ共和国が黒人国家となり(1993年)、さらに南部アフリカ開発共同体(SADC)に加盟したことで、南部アフリカ全域の地域統合が進み内陸国のリスクも解消されるものと期待された。しかし銅以外にこれといった輸出産業のないザンビアにとって地域統合の効果は限定的で、逆に南アフリカ企業のザンビア進出が急激に伸びているのが実情だ。
他のアフリカ諸国と同様に、ザンビア政府も世界銀行をはじめとする国際機関や民間から資金を借り入れ、電力不足問題、都市スラムの保健衛生、感染症、エイズなどの課題に取り組んでいる。2000年以降には中国からの借款も増えてきており、銅価格の下落が続けばすぐに債務返済に窮する状況にある。
どの政党が政権の座についても債務問題が最重要課題となるなか、政治は「与野党伯仲、少数与党状態」という不安定な状況となってきている。
ザンビアは70を超える言語が話され73の民族がいる多民族国家である。イギリスはこの民族的多様性を残しつつ、既存のチーフ(または首長)の権威を利用する間接統治を行ってきた。このためチーフらは独立後も地域社会で少なからぬ影響力を保っている。ロジ王国のクオンボカ祭りや各地の仮面舞踏が残っているのも、この様な統治の影響があるからだといえよう。
またザンビアは、母系制が強く残っている民族が多いことで有名である。母系出自の社会での土地相続は興味深い。土地は父親からではなく母方のオジから相続するのだ。
2000年以前のザンビアを知る人は、誰もがその後の社会変化の速さに驚かされている。その変化は多方面にわたり、携帯電話の普及と利用の高度化、土地所有権の変化、小規模灌漑の普及、ペンテコステ派をはじめとするキリスト教の活況、農村・都市間の人々の移動、村での地酒醸造から工場製品への変化など、枚挙にいとまがない。
しかしその一方で、伝統への思い入れが根強く残っており、人々の食文化へのこだわりや伝統的仮面舞踏への熱意など変わらぬ一面もみられる。急激な社会変化の中でも伝統は新しく創造され生きつづけており、それがザンビアの文化的魅力となっている。
ザンビアはケニアやタンザニアに劣らない広大な自然動物公園をもつ国として知られているが、何と言っても有名なのが世界三大瀑布のひとつヴィクトリア・フォールズである。4月から5月にかけてヴィクトリア・フォールズを訪ねる人はその水量の多さと、滝壺から立ちあがる「水煙」に圧倒されるだろう。崖上から滝を望む人はずぶ濡れになりながら水煙に掛かる虹を見ることができるかもしれない。「アフリカの水に触れた人は再びアフリカの地を訪れることになる」という言い伝えがある。ずぶ濡れになった人はアフリカ再訪を確約されたようなものである。
もし、この魅力的な国を訪れる機会が出来た時は、ぜひとも本書をスーツケースやリュックサックに忍ばせてもらいたい。そうすればザンビアでの滞在がより一層味わい深いものになると思う。