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「誰にも恋愛感情を持たない?」 アセクシュアルの基礎知識

記事:明石書店

『見えない性的指向 アセクシュアルのすべて――誰にも性的魅力を感じない私たちについて』(明石書店)
『見えない性的指向 アセクシュアルのすべて――誰にも性的魅力を感じない私たちについて』(明石書店)

一枚岩ではないアセクシュアルの諸相

 本書は、アセクシュアル当事者である作家による入門書です。著者は、アセクシュアリティ(アセクシュアルであること)を次のように定義しています。

アセクシュアリティとは性的指向の一つで、現在人口の1%に当てはまるといわれています。通常は、他者に性的に惹かれないことを指しますが、「性行為や性的魅力をそれほど重要視しないこと」と定義する場合もあります。(p.18)

 「恋愛をしたくない人」というように一面的に捉えられがちなアセクシュアルの多様性を、丹念に明らかにしているのが本書の大きな特徴です。

私たちアセクシュアルの人の中には、恋愛をしたい人も、そうでない人もいます。セックスをしてもよいと思う人も、そうでない人もいます。処女童貞の人もそうでない人もいます。自慰をしたり、性欲があったり、子どもを欲しいと思う人もいます。(p.19)

 本書では、一口にアセクシュアルといってもいろいろなタイプの人がいることを丁寧に解説しています。他者に恋愛感情を持つアセクシュアルの人は「ロマンティック・アセクシュアル」と呼ばれます。「ロマンティック」とは、セックスや性的魅力の関わる必要のない恋愛関係を示す言葉。アセクシュアルの人にとって、恋愛感情と性的魅力は別個のものなのです。例を挙げると、誰にも性的には惹かれないけれども男性に恋愛感情を持つ女性、誰にも性的に惹かれないが全ての性に恋愛感情を持つ男性、などさまざまなロマンティック指向を持つ人がいます。

 恋愛感情と性的要素を切り離す考え方は、アセクシュアルのみならず、異性愛/同性愛/両性愛といった既存の枠組みに当てはまらないセクシュアリティへの理解を深める可能性を秘めているといえます。たとえば、恋愛感情は女性に向かい、性的には男性に惹かれる、というセクシュアリティを持つ人もいるのです。

 誰にも恋愛感情を持たない人は「アロマンティック」と呼ばれます。ちなみに本書の著者のデッカーは、「アセクシュアルでアロマンティックな女性」。アロマンティックとロマンティックの中間的な状態の「グレイロマンティック」や、滅多に恋愛感情を持たない「デミロマンティック」を自認する人もいます。

アセクシュアルにまつわる誤解を解く

 本書は、多くの当事者の声を引用しながら、アセクシュアルにまつわる様々な誤解を解いていきます。たとえば、「性に興味がないのは一時的なことで、出会いがあれば変わるはず」といった誤解に対しては、アセクシュアルが性への関心の現れる前の状態を指すのではなく、成熟した人の状態であると説明しています。以下に、アセクシュアリティへの誤解や不適切なコメントを紹介します。

アセクシュアリティについての誤解や不適切なコメント(本書カバーより)
アセクシュアリティについての誤解や不適切なコメント(本書カバーより)

 「自慰をしたり性欲があったりするのならアセクシュアルとはいえないのでは?」という疑問に対しては、性的興奮(身体の反応)と性欲(性的興奮に反応しようとする欲求またはセックスを求める欲求)と性的に惹かれること(誰かに性的魅力を感じるということ)はそれぞれ別のことである、と解説しています。アセクシュアルであっても、自慰や性欲については人それぞれなのです。本書では、SMプレイを好むアセクシュアルのためのコミュニティが存在することなども紹介されています。

 同性に惹かれた経験を持つ異性愛の人もいるように、アセクシュアルに非常に近いがごくまれに性的魅力を感じるという「グレイセクシュアル」の人もいます。かれらもアセクシュアル・スペクトラムの一員ということになります。

アセクシュアルを可視化する

 アセクシュアルをめぐる語彙の多さや複雑さに、混乱した方もいるかもしれません。もちろん、細かく分ければよいというものでもないし、言葉に縛られては元も子もありません。しかし、分類することで問題が可視化され、自らを説明する言葉を得ることで勇気づけられる人がいるのです。

 折しも今月25日から31日までは「エース・ウィーク」。エースとはアセクシュアル・スペクトラムに含まれる人々の総称で、アセクシュアルに対する認識を高め、啓発を行う国際的キャンペーンです。アセクシュアルの人も、そうかもしれない人も、そうでない人も。本書を手に、アセクシュアルの世界に触れていただきたいと思います。

文:辛島 悠(明石書店)

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