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自閉症スペクトラム障害であり、セクシュアルマイノリティ ダブルマイノリティの直面する苦難とは?

記事:明石書店

『自閉症スペクトラム障害とセクシュアリティ――なぜぼくは性的問題で逮捕されたのか』(明石書店)
『自閉症スペクトラム障害とセクシュアリティ――なぜぼくは性的問題で逮捕されたのか』(明石書店)

発達障害とセクシュアルマイノリティ

 本書に編集職として出会えたことは、まことに幸運であった。自らの体験から、自閉症スペクトラム障害とセクシュアルマイノリティには、何らかの関連があるのではないかと常々考えていたからである。

 大学卒業後に広汎性発達障害の診断を受けた私は、セクシュアリティに関しても問題をかかえていた。幼少時から性別違和感をいだいており、惹かれる対象にも混乱があった。この混乱は年を経るごとに無視できなくなり、他者の感情がわかりにくいのと同様に自らの感情や状態もよくわからない、という自閉症スペクトラム障害の特徴が、セクシュアリティの問題にも影響しているのではないかと思い当たったのである。

 本書は3名の共著となっているが、中心となっているのはニック・ドゥビン氏の自伝だ。アスペルガー症候群当事者であり、支援者として活動していたニックはなぜ、児童ポルノ所持容疑で逮捕されてしまったのだろうか。

幼少期から思春期まで

 アメリカのミシガン州に生まれたニックは幼いころ、クイズ番組や地図といった風変わりな対象に興味を持っていたという。いつも飛んだり跳ねたりして手をバタバタさせる、他人の頭を触るなどの変わった行動も見られた。小学校では、独特の動作や不器用さを周囲からからかわれ、友だちができなかった。

 思春期を迎えたニックは、さらに深刻な混乱に陥る。中学校で女子との関わりはあまりなかったが、男子数人からゲイと呼ばれたり、性的なからかいを受けたりした。同性愛への偏見が強かった当時、ニックは女子に興味があることをアピールしようとグラビア雑誌を買ったり作り話をしたりするが、失敗に終わる。

 女の子に魅力を感じないのも困ったことでしたが、もっと困ったのは、同性のクラスメート数人に心惹かれたことでした。これはぼくには理解不能でした。おまけに、ぼくが惹かれたクラスメートというのは、よりにもよって、ぼくをいじめていたやつらだったのです。どうして? これって、何かいまだけの一時的な気持ち? それとも……いや、そんなはずは……ほんとうにゲイ? このことだけは、どうしても受け入れられませんでした。ぼくがゲイのはずがありません。ぼくには、変なところやみんなとちがうところがすでにいっぱいあるんです。これ以上は、もうたくさん。(p.43)
 そもそも、奇妙に聞こえるかもしれませんが、自分自身のなかに性的な面があるということ自体を受け入れることからして困難でした。自分がゲイかもしれないと考えるだけで気分が悪くなるほどでしたが、問題はそれだけではありませんでした。ぼくは性と無縁の存在になりたかったんです。別の言葉で言えば、ぼくは自分自身を、それからすべての性的な衝動を否定したかったんです。こういった衝動はぼくを混乱させるだけでした。ふつうに社会生活を送るだけでもじゅうぶんたいへんなのに、性という、よけいに厄介なものをさらに上乗せされるなんて。/だけど、ぼくは性をもった存在であり、いろんな空想や関心をもつことは否定できません。ぼくは大人のからだのなかで生きています。ぼくが感じている性欲を消し去ることができないことはわかっているけど、それがぼくにとっては大問題なんです。(p.74)

性をめぐる迷走とアスペルガー症候群の診断

 大学生になったニックは、性的指向に関する悩みを両親に打ち明け、性科学の専門家に相談することにした。性的経験がないのだからゲイかどうかはわからないとの回答を得て、ニックは一安心する。ただ、一般的な対人関係すら築けない彼にとって、実際に経験しなければならないということはハードルが高すぎた。

 ニックが再び性的な問題に対峙するのは、特別支援教育を専門とする修士課程に進学し、勉学に励んでいたころだった。父と相談し、合法的売春宿で内気な男性専門の女性に会うという荒療治を試みるが、無残な結果に終わる。デートウェブサイトで出会った女性とのデートも試みたが、うまくいかなかった。

 心理学を学ぶうちに出会ったアスペルガー症候群という診断名の解説に、自らの特性と一致するものを見出したニックは、自閉症スペクトラム障害専門の神経心理学者から正式な診断を受ける。このとき、すでに27歳になっていた。ミシガン臨床心理大学院博士課程に入学後、父とともに制作したアスペルガー症候群を主題としたDVDが好評を得て、支援者として活躍するようになる。卒業後は、アスペルガー症候群の生徒のための高校にコンサルタントとして採用された。

 しかし、ニックの性的な問題は放置されたままだった。就職からわずか1か月後、彼は児童ポルノ所持容疑で逮捕されてしまう。パソコンで児童ポルノ画像をダウンロードし、閲覧していたのだ。

性的問題行動を防ぐために

 ニックは自閉症スペクトラム障害の特性を踏まえた性教育を受ける機会がなく、適切な支援を得られないまま大人になってしまった。児童ポルノを閲覧する行為と、児童ポルノに写っている子どもたちが画像製作の過程で虐待被害者となっていることとが、ニックの認識のなかでは結びついていなかった。

 本書では、自閉症スペクトラム障害をもつ人の違法性的行為や性的逸脱行動を防止するため、アスペルガー症候群研究の第一人者トニー・アトウッド氏と、性科学・心理学の専門家イザベル・エノー氏が実践的なアドバイスを寄せている。

 共著者となっている3名のほか、ニックの父ラリー氏と、母キティ氏が寄稿していることも本書の大きな特徴だ。法学研究者であるラリー氏は、父としての奮闘を法的な観点を交えて綴る。脚本家であるキティ氏は、事件に巻き込まれた家族の苦悶を切々と語っている。

ダブルマイノリティの苦しみ

 訳者の田宮聡氏は、本書の解説で自閉症スペクトラム障害とセクシュアルマイノリティとの関連についての知見を紹介している。自閉症スペクトラム障害をもつ人の性的指向は、定型発達者のそれよりも多様であるという報告がある一方、異なる結果の出た調査もある。自閉症スペクトラム障害をもつ人のなかで性別違和を感じる割合が高いのかという問題についても、結論は出ていないようだ。とはいえ、『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』には、「子どもと同様に、一般集団と比べて医療に照会された性別違和をもつ青年において、自閉スペクトラム症の有病率がより高い」と記載されている。

 自閉症スペクトラム障害をもつ人は性に関する困難をかかえやすく、その人がセクシュアルマイノリティであった場合、ますます苦悩が深くなるのは疑いようのない事実だ。逆もまた然りである。ニックのように、生活上の困難に対応するのが精一杯で性の問題を保留にしていた結果、思わぬ形でトラブルを起こしてしまうこともあるかもしれない。

 私もダブルマイノリティの当事者として、ニックの苦しみに共感するとともに、周囲の理解や支援、正しい知識や情報の必要性を痛感した。当事者や家族、支援者のみなさんに一読を勧めたい。

文:辛島 悠(明石書店)

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