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いじめを悪化させない発達心理学によるアプローチとは 渡辺弥生『感情の正体』より

記事:筑摩書房

original image: Africa Studio / stock.adobe.com
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いじめと感情

 いじめはもちろん加害者に絶対的な問題があるわけですが、実効的な対応をするには、加害者の感情と、被害者の特徴から考えることが必要です。加害者と被害者が交代し合っているという特徴からも、双方の発達上における未熟さが背景にあります。

 たとえば英国では、いじめの被害者に感情表現のスキルが発揮できていない、あるいは不足していると指摘する研究があります(Olweus, 1994/ Perry, Willard & Perry, 1990)。また、そうした感情スキルが不足していると、様々な心の問題を引き起こしてしまうこともあります(Neary & Joseph, 1994)。こうした視点を考慮することも必要でしょう。

 いじめが続いて対人関係の悪循環に陥ってしまうときに、二つの被害者のタイプがあります。第一のタイプは、受け身の被害者です。葛藤を解決しようというよりは、尻込みしがちで、避けようとする傾向が強く、自分からいじめを終わりにさせようとする行動をあまり見せないタイプです。攻撃されても仕返しをしたり、自分からいじめを終わりにさせる行動が取れないところがあります。ユーモアを発揮することも少なく、しばしばすぐに泣いてしまうなど、不安が強いタイプと言えます。

 第二のタイプは反対に、興奮したり攻撃的なところがあり、仕返しを仕掛けたりしますが、失敗して孤立してしまいます。いずれのタイプにせよ、問題をうまく解決するスキルが不足しています。

 膨大な時間をかけて、いじめの加害者およびその仲間と、いじめられている被害者の対人関係のやりとりを観察した、カナダのクイーンズ大学とヨーク大学の共同研究によれば、被害者が、加害者と同様に、関心があると加害者に受け取られるような、喜びのような表情を示してしまっている場合があることも明らかになっています。

 単純に解釈してはいけませんが、積極的に問題を解決しようという姿勢を被害者が見せてないことが、いじめを長期化させてしまうリスクにつながることが示されました(Wilton,M.M.M., Craig,W.M., Pepler,D.J., 2000)。

加害者の心理的問題

 いじめ加害者の感情には特徴があります。攻撃性に対して抵抗感が少なく、攻撃することにも不安や恐れがあまりありません。また、いじめられた被害者から、逆に加害者になる子どもは、むしろ破壊的で衝動的になり、感情を強く表出するという報告があります(Kokkinos & Panayiotou, 2004/ Schwartz, 2000)。

 加害者の感情については多くのことが考えられます。ある特定の個人をいじめ続けるという、いわばコストのある行動をとるのは、いじめることによって、そのコストよりも強い利得感があるからではという指摘もあります。つまり、意識しているか無意識かは別として、いじめることが得になると思っているようです。多くの場合、クラスの中での自分の立場が周囲から認められるという動機だと予想できます。いじめることによって、クラスの中の自分の立場が周囲から認められ、クラスに適応するための行動だと判断しているということです。「スクールカースト」という言葉があるように、クラスの中には大人の想像を超える子どもたちの社会的な階層があると言われています。

 また、加害者である子どもが共感性に乏しい場合、被害者の苦痛を知っても攻撃を止めず、相手に敵意があると解釈すると、むしろ被害者の苦痛を見ることが快感となり、行動を強化しているとも考えられます。非行のところで指摘した社会的情報理論の考えで説明されることもあります。

 こうした被害者の苦痛に共感できない場合は、罪悪感が弱く、他のクラスメイトも自分と同じように、被害者のことを嫌っていると想像している傾向があります。誇大な自己愛をもつ子どもが加害者であると、特権意識が強いため被害者の子どもが自分に従うべきだと思い込んでいます。その上、規範意識が弱いので、いじめを止めることができないのではないかとアメリカ心理学会で報告されたりしています。

 加害者が仲間と一緒になって、仕返しできないようなクラスメイトをいじめるのは、自分たちの社会的地位の高さを周囲にアピールしたいからです。いじめによってストレスを解消している部分もあると考えられます。

いじめから逃れるための感情マネジメント

 もちろん、被害者がどうであれ、いじめ自体、決して認められるものではありません。生徒個人やその家族の視点で考えるならば、いじめられてからではなく、そのターゲットにされない予防策を考える必要も生じます。前述のように、クラスメイトの理不尽な言動に反抗しない子ども、あるいは逆に、興奮しすぎて周囲から敬遠されるような子どもが、いじめの対象にされる可能性が高いので、日頃から、自分の考えや気持ちを毅然と言える、わかりにくい表情は避けて伝えたり、主張できるスキルを育てることが、いじめ予防のために必要だと考えられています(Wilton, Craig, Pepler & Atlas, 2000)。

 とは言え、いじめ問題を個人のレベルで解決していこうとすると、多くのスキルが必要なことがわかります。欲求不満耐性、他者とかかわるスキル、危険を認識するスキル、恐怖や不安に対応するスキル、自己防衛のスキルなどであり、いずれのスキルもすべて感情のマネジメントに関わります。

 まず、自分の気持ちをコントロールするとともに、いじめっ子の行動を冷静に見て、相手から受ける攻撃を最小限にしながら、いじめの構図から逃れる策を立てる必要があります(Dodge, 1989/ Kopp, 1989)。具体的には、怖い、恐ろしい、怒りといった感情をマネジメントする必要があります(Eisenberg, Fabes, Murphy, Mask, Smith & Karbon, 1995)。これがうまくいかないと、いじめがさらにエスカレートしてしまうおそれがあります。

 おどおどしやすかったり、逆上してしまったりする行動が、いじめを長期化させます。いじめられている子どもの反応が、加害者の攻撃行動を加速させてしまうことがあるからです(Perry, Willard & Perry, 1990)。あるいは、いじめられてもなお笑みを浮かべたり、いいんだよと受け流すような表情や態度を示したりすることは、適当なコーピング(対処行動)とは言えません。

 しかし、いじめ被害者の状況を考えれば、反抗することによってさらに事態が悪くなることへの恐怖があるでしょうから、無理からぬことでもあります。その場をなんとかしのぐことに精一杯で、笑みや戸惑いの表情、無視する態度をとらざるを得ないこともあります。

 ですから、いじめを予防していくためには、子どもたち個人の成長をうながす一方で、いじめ被害を出さないために一般的には、加害者からの嫌がらせや攻撃に大人が介入し、被害者をケアする必要があることは言うまでもありません。

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