「秘蔵の珍犬」をめぐり20年戦争が勃発 『愛犬の日本史』で知る歴史的事件の発端
記事:平凡社
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室町幕府の管領、細川政元が1488年に連れて来たとされる「ダックスフント」らしき「珍犬」の記述が残っている
「黒毛。嘴(くちばし)細。尾多。足短。腹大」のその犬を、皆で打ち揃って見物したという。嘴とは犬の鼻や口元のことだ。黒くて鼻が長くて足が短くて腹がたっぷりしている。その描写から見て、ダックスフントではなかろうか。
ダックスフントは、古代エジプトにまで遡れる犬種だ。
室町武士の見たダックスフント! そそられるではないか。『愛犬の日本史』まえがきより引用
「珍犬」見たさに、見物人が大勢集まったという。外国のものは何でも珍しかった時代である。初めて目にする人がほとんどだったから、その貴重さは今とはケタ違いだった。
時代が進むと、長崎などでの貿易を通じ、キリシタン大名達が舶来の犬を手に入れるようになる。そんな犬の存在に、たちまち近所で噂が立った。武将達の垂涎の的にもなる。連れ歩くだけで、目を惹く巨大な大型犬(マスチフ)やグレイ・ハウンド。唐犬や南蛮犬とも呼ばれた「珍犬」を「どうしても欲しい」と願い、ついに盗み出してしまった男がいたそうだ。
薩州家の家来に湯田兵庫という武士がいた。天文16年(1547)、出水郡の阿久根(現・阿久根市)に住んでおり、「秘蔵の飼犬」をもっていた。犬種や色柄などは不明だが、近在でよほど評判の犬だったのだろう。それを聞きつけたのが東郷家の当主、大和守重治の家来だった。残念ながら氏名は不詳である。その某はひそかに阿久根に出かけると、兵庫の家から犬を盗み出してしまった。『愛犬の日本史』第一章 戦国・南蛮犬合戦より引用
その事件がきっかけとなり、薩州家と東郷家との間では20年にもわたる戦争に発展。なんと100人以上の死者を出す大事件に発展してしまったのだ。今ものこる千人塚が、当時の事件の大きさを物語っている。
言うまでも無いが、犬は人を狂わせるほど魅力的なのだ。本書はそんなエピソードが満載。犬の虜になった島津家や松平家の引越し大名、大奥の女性たち。さらに西郷隆盛や明治天皇の愛犬の話などが、当時のペット事情を交えて語られている。
日本人と愛犬が紡いできた歴史をぜひお楽しみいただきたい。
まえがき 犬来たりなば
第一章 戦国・南蛮犬合戦
東郷家と薩州家の二十年戦争/阿久根から消えた犬/犬の所有者、戦死/火縄銃、大砲、南蛮犬/コラム 太田三楽斎の軍用伝令犬
第二章 誰もが欲しがる武将の南蛮犬
キリシタン大名から贈られた舶来の珍犬/凶と出たので飼えません/「その犬が欲しい」、秀長に望まれて/唐犬で大喧嘩──徳川家対島津家/コラム その犬、白き毛皮を光らせ
第三章 江戸の世に犬栄え
ある愛犬大名の肖像/犬貿易/大名までもが「唐犬乱舞」/江戸のお仕事犬たち/洋犬図あれこれ/引っ越し大名の狩り日記/松平家の犬づきあい/コラム 歌舞伎と犬──「傾唐犬浮世歓迎」
第四章 あれも狆 これも狆 たぶん狆 きっと狆
狆は、犬と猫の「あいだ」/柴犬よ、おまえもか/狆を悼み/引っ越し大名の狆たち/鳥屋は狆のブリーダー/当時の犬医療/愛犬本『犬狗養畜傳』/狆を京までつれてって/大奥は狆の園/コラム 犬が子どもとあらんことを
第五章 生類憐みの令とは何だったのか?
綱吉は愛犬家、ではない/野犬はびこる町/中野の犬小屋/「松浦侯の赤毛犬」/吉宗の大人買い/コラム 有馬家は犬で狐の霊祓い
第六章 薩州犬屋敷 島津家の犬外交
関白秀次までが犬を/福島正則までが犬を/水戸斉昭までが犬を/コラム 「あの日に帰りたい」──右京大夫の回想/第七章 幕末・犬絵巻/海外犬事情/ 推しはシーボルト/今日もどこかで八犬伝/狆は高価なり/狆愛づる姫君/プリンス昭武とリヨン/マネ、ルノワールが描かされた「タマ」/コラム 神風連の青年の愛犬「虎」
第八章 ツンだけではない、西郷隆盛の愛した犬たち
ツンのモデルは別の犬/「ツンが小さすぎる!」/兎追いし狩倉/犬連れ温泉旅/なぜ狩猟にのめり込んだのか?/「攘夷家」、「寅」、個性豊かな犬たち/愛犬を詠んだ漢詩/コラム 新政府の「犬の首輪作戦」
第九章 国交われば 犬がくる ──明治の愛犬家
狂犬病の流行/セレブリティ、猟にハマる/純血種の受難/明治宮殿に犬満ちる/戌年生まれの皇太后/后たちの狆外交/ペチャ鼻になったスパニエル/コラム 老いたる狆に道をおそわり ── 明治宮殿裏話
第十章 華麗なる愛犬界 ──大正の犬事情
はいから犬が通る/「愛犬舎」あらわる/大正天皇の疑惑/生き残れ日本犬/当時の流行犬/蝶々さんと狆/そして昭和へ/第十一章 戦争を駆けた犬たち/ハチ公とリンチンチン/雑誌『シヱパード』は楽し/からいぬ盛衰記/シェパードは愛玩犬か、軍用犬か?/犬だらけの川端邸/ラッシー誕生のアメリカから/軍人を慰めた犬/コラム 想い出のサン、フラン、シスコ──吉田茂と犬
第十二章ドッグ・トゥ・ザ・フューチャー──戦後から現代へ
B‐29が犬を運んだ/秋田犬とアメリカン・アキタ/犬を殖やして外貨を稼ごう/狆また昇る/源田實と「三笠号」/犬ぞり犬を助け出せ!/盲導犬第一号/のらくろからチョビへ/CMで活躍する犬/犬と暮らし続けるために/おわりに 愛犬たちの墓碑銘