人新世の脱成長論 セルジュ・ラトゥーシュによる「資本主義批判」の集大成
記事:白水社
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ラトゥーシュの著作は過去に数冊翻訳出版されているが、それらはいずれも2008年の世界金融危機前後に書かれたものである。それから十年余りが経過し、世界はこれまで以上に激動の時代を迎えている。特筆すべきは、所得の不平等の悪化と地球環境破壊が加速化し、それらに対する地球市民社会の抵抗運動が激化している点である。
世界金融危機の教訓にもかかわらず、先進国の各国政府は、グローバル化の方向転換も世界経済の不公正の是正も行うことなく、大企業の利権を優先させる今まで通りの経済政策(ビジネス・アズ・ユージュアル)を繰り返してきた。その結果、何が起こったか。先進諸国国内の不平等は米国・英国を筆頭に拡大し、社会の分断は一層深刻化した。気候変動に対する国際的取り組みは大企業や各国政府の利害対立を乗り越えられず、地球サミットは形骸化し、パリ協定も多くの妥協を残したまま批准された。2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)は、過去の開発政策における新自由主義の影響の抜本的批判を欠いたまま、百花繚乱の開発目標を並べ立てている。
民衆の間で既成権力に対する不信が高まり、左右両派のポピュリズム運動が台頭した。右派ポピュリズムは、移民・難民に対する排外主義や人種的・性的少数者に対するヘイト・スピーチを展開し、米国、英国、ハンガリーなどではナショナリズムを掲げる権威主義的政治体制が誕生した。他方で左派ポピュリズムは、2011年3月のM-15運動(スペイン)、同年9月のウォールストリート占拠運動(米国)をはじめ、不平等社会の是正を訴え続けてきた。そして2018年11月、本書の著者が暮らすフランスでは黄色いベスト運動が起こり、不平等と貧困への配慮を欠いた仏政府の環境政策に対する大規模な異議申し立てが一年近くにわたって繰り広げられた。
フランスの脱成長運動は、黄色いベスト運動や2018年8月に始まった世界の高校生たちによるFridays For Future(未来のための金曜日)運動に連帯を示しながら、環境正義と社会正義を両立させる社会変革の必要性を訴えている。本書『脱成長』(白水社文庫クセジュ)はそのような背景の中で、脱成長社会への移行を実現するための諸条件を提示している。
本書の論点は既刊の訳書と重なる点が多々あるが、議論の内容と質は大きく前進している。特に、脱成長を「経済成長社会から抜け出す」という否定の側面からだけでなく、「節度ある豊かさ(abondance frugale)」という創造すべきプラスの価値の側からも定義している点がそうだ。「節度ある豊かさ」は、イリイチの「自立共生(コンヴィヴィアリティ)」と共振する概念であり、消費社会への依存を減らすことで万人が自律的かつ協働的に生活できる社会の在り方を指している。さらに、節度ある豊かな社会の基盤として、自己制御の倫理、コモンズの再構築、自立共生的な道具によるローカル経済の再創造、有機農業や再生可能エネルギーによる地域循環型経済の構築が提案されている。
第四章「脱成長社会への移行を成功させる」の第四節で脱成長の先駆者が網羅的に紹介されているが、これは世界の反生産力至上主義の思想史に精通している著者だからこそできる貢献である。また、第五章「世界を再魔術化する」では芸術の役割が重視されているが、これは今後、多くの研究者やアーティスト自身の手によってさらなる発展が期待されるテーマである。何よりも本書全体を通じて、脱成長が「諸文化の民主主義」を目指す道であり、そのために「我々自身の脱西洋化」の必要性が主張されている点が、著者の思想の一貫したメッセージとして前面に現れている。
【『脱成長』(白水社文庫クセジュ)「訳者あとがき」より】
【著者セルジュ・ラトゥーシュによる討論会動画(フランス語) 右下の歯車アイコンをクリックすると字幕翻訳できます。】