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いま、近代日本の宗教史がおもしろい! 幕末から平成まで初の通史『近代日本宗教史』の刊行つづく(上)

記事:春秋社

シリーズ『近代日本宗教史』(既刊)
シリーズ『近代日本宗教史』(既刊)

遅れていた近代宗教史の研究

 「近代史の中で、もっとも研究の遅れていたのは宗教史の分野であった」。これは、2020年9月から刊行が始まった『近代日本宗教史』全6巻(春秋社)の「巻頭言」の一節である。本シリーズは、幕末・明治維新期から平成期までの宗教史を扱った近代日本宗教史の初めての通史となる。「近代」を明治維新(1868年)からアジア・太平洋戦争の終戦(1945年)までと区切り、戦後を「現代」と規定する歴史認識もあるが、本シリーズでは19世紀後半から現在までの時代を「近代」と捉え、その約150年間の近代宗教史のダイナミズムを90名に及ぶ多分野の研究者たちが描く。2021年3月現在、『維新の衝撃――幕末~明治前期』『国家と信仰――明治後期』『教養と生命――大正期』『敗戦から高度成長へ――敗戦~昭和中期』の4巻までが出版されている。

 仏教や神道、キリスト教の歴史など、日本宗教史に関する個別の研究は明治・大正期以来の分厚い蓄積があるのだが、じつは、古代から現代までを通覧した日本宗教の通史というのは、成果が少ない。土屋詮教『増補再訂 日本宗教史』(敬文堂書店、1933年、原著1900年)、比屋根安定『新版 日本宗教史』(日本基督教団出版部、1962年、原著1925年)、末木文美士『日本宗教史』(岩波新書、2006年)等、数えるばかりである。

 これらの中で近代の宗教史も取り上げられてきた。なかでも土屋と比屋根の著作は原著刊行後、同時代の「近代」や「現代」の動向を加筆しながら、数度にわたる増補改訂がなされている。すでに歴史化されている前近代の宗教史に対して、近代以降の宗教史の研究は同時代性があり、つねにアップデートが必要とされる。しかし、「近代」という時代を対象化し、この約150年間の日本宗教をめぐる動向を歴史的対象として捉え返すことが重要であろう。この作業は、日本の「近代」の履歴を見直す作業にもなる。

 なお、本シリーズとほぼ同時期に刊行が始まったのが、『日本宗教史』全6巻(吉川弘文館)である(すでに完結)。このシリーズは通史ではなく、さまざまなテーマにもとづく問題史からなり、古代から現代までの日本宗教の多様な側面や多方面への影響関係が存分に描かれている。同じ時期に「日本宗教史」の複数のシリーズが刊行されたことの意義は大きく、現代日本の人文学・社会科学における宗教史研究の重要性を示唆しているといえよう。

総合的でダイナミックな宗教界の動きを明示

 冒頭で述べた通り、日本の近代史の中でもっとも研究が遅れていたのは宗教史の分野だが、近年、研究が大いに盛り上がっている。たとえば、筆者の専門領域である近代仏教史は戦後に本格的な研究が始動したものの、いかんせん、中世中心の日本仏教史研究ではマイナーな領域だった(今もそうである)。しかし、2000年代以降の研究の進展によって、「近代仏教史は今日最も豊饒な成果を生み出す領域の一つにまでなった」と評されるようになった(「2019年の歴史学界──回顧と展望」『史學雑誌』第129編第5号、2020年)。

 ほかにも、近代神道史、キリスト教史、新宗教史の各領域で続々と刺激的な新しい成果が公刊されており、研究の刷新が図られている。宗教ごとに注目すべき成果が産出されているのだが、残念ながら、これらの研究領域はなかなか交わることがない。各領域の研究は大いに進展しながらも、研究領域の細分化によって、「近代日本宗教史」を総体的に描くことが難しくなっているのである。そこで、本シリーズでは、各巻の冒頭に配した総論で各時代の宗教動向の大きな流れを提示することで、単なる諸宗教の寄せ集めではなく、総合的でダイナミックな宗教界の動きを明示する工夫をしている。また、各章は国家政策や制度、思想と信仰、社会活動など、宗教をめぐるさまざまな問題を複合的な視点から論じている。

 こうした工夫や視点から、従来の研究では見過ごされてきた新たな「発見」も各巻に散見できる。たとえば、明治後期を扱った第2巻に収録された岩田文昭の「国粋主義・実験・煩悶」では、明治後期の「実験」という新しい思潮潮流が考察されている。岩田によれば、明治後期には西洋文明を内面的に受け取りなおし、人間の自我を主題にする思想が生まれ、そうした中から宗教的体験を意味する「実験」を重視する宗教者が登場した。キリスト者の海老名弾正や内村鑑三、仏教者の原坦山、近角常観、佐々木月樵、心理学者の元良勇次郎、宗教思想家の綱島梁川らが紹介されている。時代は下るけれども、文学者の宮沢賢治も「農民芸術概論綱要」(1926年)でこの語を用いたという。

 また、同巻に収録された林淳の「アカデミズムの中の宗教」では、大学制度と宗教の学術研究の関係が論じられ、帝国大学や宗教系私立大学の果たした役割が示されている。ほかにも天皇信仰、メディア、ジェンダー、グローバル化など、宗教や時代を横断する視点からの分析もあり、「近代と宗教」をめぐるさまざまな問題を浮かび上がらせている。

 活性化している近代日本宗教史の最新の成果を盛り込んだ本シリーズを通じて、読者は、近代日本の宗教をめぐる興味深いランドスケープ(光景)を初めて目にするであろう。近代日本宗教史のおもしろさと奥深さを、ぜひ、味わってほしい。

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