思想家・柄谷行人が、コロナ禍で揺れる世界に語る、新たなる社会変革の可能性
記事:作品社
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私は2000年に新アソシエーショニスト運動(NAM)を大阪で開始した。それは、簡単にいえば、「資本と国家への新対抗運動」である。そのとき、その理論的枠組として『NAMの原理』を出版した。組織としてのNAMは、2年で解散することになった。しかし、それでアソシエーションの運動そのものが終わったわけではない。NAMの解散に際して、私が反省したのはつぎの点である。NAMのような組織が意味を持つのは、多くの小さなアソシエーションがあった上で、それらがアソシエート(連合)するときである。NAMを組織するのは、早すぎた。
ゆえに、NAMの解散後も、私を含め、多くの人たちが、アソシエーショニズムの運動を、さまざまな形で続けてきた。たとえば、2011年東日本震災以後は、アソシエーションとして反原発デモに参加してきた。また、『NAMの原理』はNAM解散後に絶版にしたのだが、英語版がウェブに残っていたため、外国からの反響が続いてきた。ここ数年では、中国の広州や上海、香港でNAMと名乗る組織ができたと知らされた。
私自身がNAMを再建するという考えを持ったことはなかった。ただ、友人たちの中には、NAMをあらためて始めたい、という人たちがいた。たとえば、NAM結成から私を支援してくれた高瀬幸途氏(当時・太田出版社長)は、その後、生活クラブ連合会に移ったが、2014年に、そこから出していた季刊誌『社会運動』に、NAMの経緯に関して私にインタビューをした「NAM再考」という記事を連載した。その後彼は、それをもとに本を作りたいと希望した。長年にわたって、全国の生協や組合との関係を築いてきた彼は、それらをアソシエートしたい、そのためにそれが役に立つはずだ、と考えたのである。私は懐疑的だったが、ともかく同意した。しかしそれは、完成にいたらなかった。2019年に高瀬さんが急逝されたためである。私は、追悼のために早く本をまとめて出版しなければと思い、慌てて編集作業を終わらせた。
ところが、間もなくコロナ禍が起こり、またしても刊行が遅れた。その間に、私の中で、この本に対する考え方が変わっていった。それについて簡単に説明しておきたい。
アソシエーショニズムは私の創案ではなく、古くからある考えだ。私に独自な点があるとしたら、「資本と国家への対抗運動」を二つに分けて見たことだ。つまり、一つは「内在的」な対抗運動、もう一つが「超出的」対抗運動である。前者は、労働組合や政党政治による活動などである。後者は、資本と国家に依拠せず、生産と消費を自ら創出することである。たとえば、生活協同組合のように。
従来、「資本と国家への対抗運動」では、一般に前者が後者より優位に置かれていた。たとえば、労働運動が消費者運動より重視されていた。しかし、「NAM原理」では、それらを同等に見なす、というよりむしろ、後者を重視するものとなった。一つには、1990年以後、労働組合も左翼政党も弱体化しており、頼りにならなくなっていたからだ。このように労働者運動から消費者運動に向かう一方で、私は、それ以前の新左翼の過激な活動によって壊れてしまった街頭デモを新たな形で再建できる、と考えた。つまり、労働組合や政党に依拠しない「アソシエーションの連合」として行なうことが可能である、と。当時は、それが共感を得ることはなかった。しかし、予期しなかったことが起きた。2011年3月11日の大震災以後、そのようなデモが日本に出現したのである。
さらに2020年のコロナ禍の下で、思いもかけなかったことが生じた。たとえば、会社員の多くが職場ではなく自宅で働くようになったが、そのような人たちの中で、自宅の庭や、借りた農地で野菜を育てる人たちが出現した。地方へ移住する流れも生まれているという。これは、食糧危機に備えて、という理由だけではないだろう。
1955年以後、日本では、農村で生まれ育った若者たちが都市に移動するようになった。農村は過疎化し、若年層の人口が減った。その傾向が今日まで続いてきたが、コロナ禍をきっかけに、都市から農村への移動がなされるようになった。もちろん、そのような変化を可能にしたのはIT革命である。だから、コロナがなくても、そのような変化が生じただろう。だが、それは、IT革命による新たな産業資本主義の社会の到来を予想してきた人たちが説いてきたような変化とは異なるものだ。
たとえば、農村に移った人たちはテレワークをしながら、そこに共同体、といっても先祖伝来のものではない「アソシエーション」を作ることができる。また、オンラインの通信を通して、同時的に世界中とつながることができる。この可能性は、コロナ禍が去っても消えることはない。また、昨年末には、日本のアソシエーション運動の長年の悲願であった「労働者協同組合法」が成立した。
アソシエーショニズムの機運は、今高まっているといえるのかもしれない。だから、私にとって、この本がこの時期に出るようになったことは、偶然とは思えない。(2021年3月10日)