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創作特攻文学を手がかりに、戦争体験者なき〈ポスト体験時代〉を考える

記事:創元社

知覧平和公園の戦闘機
知覧平和公園の戦闘機

 戦後76年の夏を迎えました。戦争を直接体験した者が少なくなり、彼らの生の証言を得ることができない。この、すでに始まりつつある困難な時代を、蘭信三らは〈ポスト戦争体験の時代〉と呼びました(『なぜ戦争体験を継承するのか』みずき書林、2021年)。体験者に直接語らせることに重きを置いてきた「8月ジャーナリズム」も転換を迫られています。

 そんななか、庭田杏珠×渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社新書、2020年)が話題になりました。白黒の写真をカラー化することで、静止した過去の時間が解凍され、現代にいきいきと動き始める。70年以上もの時間が一挙に縮まったような不思議な感覚を抱きます。AI(人工知能)の応用と視覚に訴えるわかりやすさも手伝って、多くのメディアで取り上げられ、幅広い年代の読者に受け入れられました。

 ここで大事なのは、これが体験者との丁寧な対話によって補正された「記憶の色」だということです。著者の渡邉はこの「記憶の解凍」プロジェクトを「AIとヒトとのコラボレーション」と表現しています。

過去と現代が直接つながる

 さて、AIによる自動色付けの技術自体は、体験者との対話(ヒトとのコラボレーション)抜きに成り立つものです。すでに実用化されて、精度も向上しています。体験者抜きにカラー化された過去が大量に出回るようになれば、私たちもそれを違和感なく受け入れていくのでしょう。体験者のいなくなったポスト体験時代とは、そういう時代でもあります。

 過去と現代が、体験者抜きに、直接つながるということ。それは過去が、現代の感覚で、直接的に受容される、ということでもあります。これは善悪を超えた趨勢です。

 そのことを、私は特攻隊員の遺書の受容のされ方から感じていました。遺書に接するメディアでいえば、1990年代までは岩波文庫の『きけわだつみのこえ』でしたが、2010年代以降はYouTubeなどの無料動画配信サービスです。英霊の言葉は、戦後50年(1995年)以降、著作権フリーの素材として自由な利用可能性に開かれて、効果的な映像とBGMを加えて「泣ける」動画に編集され、再生回数を更新し続けています。

 遺書の受容は、メディアの変化だけではありません。特攻隊員の遺書をきっかけに人生の意味に気づいたり自分の使命に目覚めたりした、という経験をもつ人はじつは少なくありません。このような受けとめ方を、遺族や戦友会による慰霊顕彰的な受容や、学校や報道を通じた平和教育的な受容と区別して、自己啓発的な受容と呼んでいます。

 陸軍の特攻基地があった鹿児島県の知覧には、遺書や遺影を収集展示する特攻平和会館があります。とくに2000年代以降、ここがスポーツ合宿や企業研修の「聖地」として巡礼者を増やしていることは、知る人ぞ知る事実です。

創作特攻文学というジャンル

 前著『未来の戦死に向き合うためのノート』(創元社、2019年)では市民社会が軍隊にどう向き合うかを含めて、さまざまな論点を扱っていますが、読者からもっとも反応があったのが、上に述べた特攻の自己啓発的な受容の問題でした。このテーマについて、創作特攻文学というジャンルで掘り下げたのが、今回の『特攻文学論』なのです。

 創作特攻文学とは、①特攻隊を主題とする、②作者が非体験者の、③創作文学(フィクション)です。1990年代から2010年代まで約30年間に刊行された21作品を検討しました。百田尚樹『永遠の0』のような個別の作品は広く知られていても、作品群がひとつのジャンルとして認識され批評の対象になることはなかったように思います。この創作特攻文学から、ポスト体験時代を考えるヒントを得ようというわけです。

 従来のいわゆる戦争文学には、吉田満『戦艦大和ノ最期』や島尾敏雄『出発は遂に訪れず』のような特攻文学も含まれます。いずれも体験者が自身の体験をもとに書く、または他者に取材する場合も自身の体験にくぐらせて書くものです。読者も自分や身内の体験にくぐらせて読みます。創作であっても、基本的に体験者との対話を前提に成り立つジャンルといっていいと思います。

 だとすれば、体験者がいなくなることは、戦争文学にとって、あるいは戦後社会にとって何を意味するのか。創作特攻文学というジャンルでは、その変化を増幅した形で、わかりやすく見せてくれるのです。

 たとえば、物語内での特攻体験者の役割が、葛藤しながら過去と向き合うサバイバーから、高齢化とともに、死んだ仲間について証言するナレーターに移行します。さらに体験者を媒介せずに過去と現代を直接つなぐ工夫も試みられています。戦死者のメッセージを「この私」が直接受け取ることは、自己啓発的な効果が生まれる重要なポイントになります。

 創作特攻文学が、映画化やドラマ化、舞台化と相性がいいことも見逃せません。「特攻で感動とはけしからん」とお叱りを受けそうですが、エンターテインメントの世界では特攻は優良コンテンツであるのが現実です。この現実から離れずに、しかし追随するのではないコミットメントのあり方を模索しながら、研究を進めていきたいと考えています。

 

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