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「ハーレム・ルネサンス」の全体像を展望する ――〈ニュー・ニグロ〉の文化社会批評

記事:明石書店

『ハーレム・ルネサンス――〈ニュー・ニグロ〉の文化社会批評』(明石書店)
『ハーレム・ルネサンス――〈ニュー・ニグロ〉の文化社会批評』(明石書店)

「ハーレム・ルネサンス」とは?

 「ハーレム・ルネサンス」は、1920年代から1930年代にかけて、ニューヨーク州マンハッタン島にあるハーレム地区を拠点に起こった、アフリカ系アメリカ人を主たる担い手として展開された芸術文化運動として捉えられてきました。第一次世界大戦終結後の好景気の中で、「ジャズ・エイジ」と称される享楽的な都市文化が発展していった時代であり、娯楽文化がビジネスとして確立しはじめていった背景からも、1920年代はアメリカ文化史においてとりわけ重要な時代に位置づけられています。

 主流文化を中心とするモダニズムと呼ばれる同時代の芸術文化運動においても、分野および地域をダイナミックに横断する展開に特色がありましたが、ハーレム・ルネサンスもまた、多岐にわたる領域と国境を越えた移動に基づく、その奥行きを捉えるためには壮大なスケールと学際性が必要になってきます。ヨーロッパやカリブ海、フランス語圏、アフリカを含む広範囲の言語文化圏、多様な学問分野が求められます。

 本書『ハーレム・ルネサンス――〈ニュー・ニグロ〉の文化社会批評』は、ハーレム・ルネサンスからおよそ100年後となる2020年代初頭の刊行を目指し、数年間にわたって本企画を準備し、このたび刊行に至りました。計4部に分類された、26本の論考、5本のコラムによって本書は構成されています。

「ニュー・ニグロ・ルネサンス」としての捉え直しの動向を踏まえて

 ハーレム・ルネサンスについては日本でも、『黒人文学全集』(早川書房、1961-63)をはじめとする、アメリカ黒人文学・歴史研究による長い蓄積を有してきました。本書の監修者・編者もアメリカ文学研究者であり、個々の作家作品研究が今日まで発展してきています。本書はアメリカ文学を中心に、さらに、英語圏文学、フランス語圏文学、歴史学、人類学、表象文化研究、経済学などの研究者による論考を収録しました。

 本書の副題は「〈ニュー・ニグロ〉の文化社会批評」としていますが、とりわけ21世紀以降のこの分野にまつわる言説史を辿ってみると、そもそも「ハーレム・ルネサンス」という呼称自体が1970年代以降に定着していった経緯がわかります。21世紀以降の研究動向を参照し、「ニュー・ニグロ(新しい黒人)」の芸術文化社会運動としての、もともとの原義に立ち返り、本運動の担い手たちが当時思い描いていた「ルネサンス」のヴィジョンを探り、その全体像を捉え直そうというのが本書の試みです。

 4部構成の最初のパートとなる「第Ⅰ部 『ハーレム・ルネサンス』の見取り図」では、「ハーレム・ルネサンス」および「ニュー・ニグロ」の言説史を辿る第1章をはじめ、20世紀初頭から1920年代に繋がる、アフリカ系アメリカ人の状況を歴史的に検証する論考を配置しています。さらに、宗教観(第5章)、重要な黒人指導者であるマーカス・ガーヴィー(第4章)、「黒人アスリートの時代」としてのスポーツ言説(第6章)など、思想史や社会状況をめぐる観点も、この分野の背景を探る上で重要な視座をもたらしてくれることでしょう。

 続く「第Ⅱ部 トランス・ナショナリズム/コスモポリタニズム」では、ハーレムの特定地区に留まらない、この芸術文化運動の世界的な広がりを展望すべく、フランスのパリ、イギリスのロンドン、カリブ海における文化状況を検討しています。ひときわユニークな観点として、「ハーレム・ルネサンスの航空文化」(第11章)のように、航空テクノロジーと人種意識、アフリカ系アメリカ人の想像力との交錯について示唆する論考も擁しています。

 「第Ⅲ部 広がる表象芸術の地平」では、「音楽」(クーン・ソング、ブルース、ジャズ)、「演劇」(パジェント、ハーレムの小劇場、黒人巡業サーキット)、「映画」(人種映画)、「スポーツ」(ニグロ・ベースボール・リーグ)、「美術」など、表象文化芸術の奥行きを概観しています。表象文化領域は現在のインターネット環境において実際の作品に接しやすくなっていることからも、それぞれの分野を文化史的に辿る試みや、同時代の表象文化を横断的に捉える視点は今後ますます注目されることになるでしょう。

 最後となる「第Ⅳ部 交錯する文芸の世界――小説・詩・民族誌的想像力」では、小説や詩をはじめとする作家作品論を軸に、都市部のエリート中心文化としてのハーレムと地方との対比や、ジェンダー、セクシュアリティ、階級、人種意識/パッシング、読者層の観点、さらに、後世の作家への継承をめぐる論考を収めました。

 また、本書には、「主要参考文献」、「地図」、「年表」を付しています。

 「主要参考文献」では、基礎文献を60点ほどに絞り込みました。この分野の研究を志す方、海外での研究動向を直に参照してみたいという方に有益な資料となっています。

 「地図」は主として「ハーレム地区」「アメリカ」「世界」の観点から捉えたものを配置し、この芸術文化運動の国境を越えた移動のあり方を明示しました。

 「年表」は、「文学」「表象芸術」「アメリカの社会」「世界情勢」の4つの区分から、同時代性を一望できるように作成しました。

「ブラック・ライヴズ・マター」以降の捉え直しを見据えて

 企画が進行し、各執筆者から原稿を集約し編集作業を開始した段階で、新型コロナウイルスの世界的蔓延に見舞われ、さらに、ジョージ・フロイド事件に端を発して、ブラック・ライヴズ・マター運動が再燃し、世界にも広まりました。災害などの非常事態においてさまざまな問題が露呈し、社会的弱者にその矛先が向かってしまうことが起こりうるものですが、アメリカ合衆国における黒人を取り巻く社会・経済構造上の問題を問い直す契機となりました。

 本書は、1920年代に起こった芸術文化運動としての「ハーレム・ルネサンス」に関心を寄せている方はもちろんのこと、幅広い読者に開かれています。本書の中で独立した章として挙げられているわけではありませんが、たとえば、1960年代の公民権運動に至る思想史およびアフリカ系アメリカ人をめぐる社会文化史の観点から、あるいは、ロックンロール、ヒップホップに繋がる音楽文化の源流を探る際などにおいても、数多くの示唆を本書から得ることができるのではないかと期待しています。そして、逆説的ではありますが、600頁を越える分量の本書をもってしても網羅することができなかった要素を、新たな課題として捉えることもできるかもしれません。

 専門学術書としての刊行物ですので高額となってしまいましたが、1920年代研究および黒人文学文化社会研究の基礎文献となることを目指し、各執筆者にはそれぞれの専門分野の外側の読者にも届く伝え方での記述をお願いいたしました。本書を通して、ハーレム・ルネサンスという文化社会運動の奥行きとその魅力について、そして、この分野の研究をめぐるさらなる可能性について、多くの読者の皆さんと共有できますことを願っています。

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