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岸政彦 編『東京の生活史』聞き手インタビュー vol.2 齋藤あおいさん

記事:筑摩書房

大学院での研究のため聞き取りをする齋藤さん
大学院での研究のため聞き取りをする齋藤さん

齋藤あおいさんが聞き手をつとめた内容見本はこちら(本文より冒頭部分抜粋)

溢れ出る思いをただ受け止める

――普段は大学院で社会学の研究をされているんですよね。

 中国の上海をフィールドに、「坐月子(ツオユエツ)」という産後ケアの研究をしています。学部生の時に上海に留学し、そこで仲良くしてくれた方から産後養生のことを聞いて興味を持ちました。コロナで渡航できなくなるまでは、毎年上海に行って、産後ケアを経験した女性たちに聞き取りを行っていました。

――今回の語り手にインタビューするのは初めてですか?

 初めてです。友人として普通のおしゃべりしかしたことがありませんでした。自分が聞き取りをするなら中国の方がいいなとは思っていて、仲良くしてもらっている彼の顔が浮かびました。

――研究としてやってきた聞き取りと、今回の生活史の聞き取りとで違いはありましたか?

 自分の研究で行うインタビューは、「半構造化インタビュー」という、あらかじめ質問をおおまかに決めておき、対象者の回答を聞きながら必要に応じて質問を足していく方法をとっています。今回も頭の中では質問を用意していたのですが、友人の語りにとても力がこもっていて、この流れをせき止めるのはよくないと感じ、序盤で質問を頭から消しました。聞いている時はいっぱいいっぱいでしたが、文字起こしをしたら、聞きたかった話もちゃんと入っていました。

――彼の中に語りたいことがたくさんあって、それが溢れ出ているのを齋藤さんが受け止められてるという感じですよね。

 そうですね。インタビューの依頼のため久しぶりに会いに行った時、元々ほがらかな人物なのに人相が変わっていたんです。おそるおそる「最近どう?」って聞いたら思いが溢れてきて話が止まらなくなっちゃって。これまで小出しに聞いていたご両親とのことに加えて、パートナーとのこと、将来のこと……悩みが紛糾していて。依頼どころではなかったですが、帰り道で「今のが生活史だったんじゃないかな」と思い、あらためて彼に頼んでみました。

 いざ迎えたインタビューでは、一回事前に話していたからか、さらに勢いがついていて。「伝えたいことがあるから話すね」って言われて「じゃあ聞くね」って言ったら、そこから最初の2時間はずっとコロナ禍での話になりました。事前に聞いていたのは原稿でいうと後半部分、お父さんとの関係や自分のセクシャリティの話だったので、そうくるかと内心焦ったのですが、重要なトピックですし、彼の「語りたい」というエネルギーが強かったので、身を任せました。私は耳をすますだけでいいと思って。

生活史は語り手の「伝えたい」を尊重できる

――編集段階で迷ったことはありましたか?

 インタビューは4時間にのぼり、文字数は規定を大幅に超えました。どうしようかと一人で考えていた時はついテーマを絞りたくなって、前半のコロナ禍での留学生の思いと、後半の彼の家族やパートナーとの話、どちらかを残すという考えに凝り固まりました。

 編集の柴山さんにインタビュー原稿をお送りしたところ、どちらも残して、語りの間を間引いて文字数を減らすやり方を提案されました。「テーマが盛りだくさんだけど良いのかな」と戸惑いつつの作業でしたが、原稿を語り手に見せたら、話した時間が詰まっていると喜んでくれて。その様子を見たら、私もほっとしました。

――両方あることで、社会と語り手自身の状況がリンクして、思いが溜まっている様子が伝わってきました。

 読んでくださった方から、最後に彼が武漢駅に降り立つところがよかったと言われました。両方残したからこそ、かもしれません。普段のインタビューでは、たくさん話してもらった中の、重要そうなところだけをもらって使います。語りを自分都合で切ることへの申し訳なさがいつもあって……責任をもって使わせていただくのですが。生活史は語り手の「これを伝えたい」という思いを優先していいと勉強会で聞いたので、そこは原稿を書く上で安心できました。

――普段の研究だと、産後の状況を聞かせてくださいという依頼をして、実際の産後ケア以外の話がすごく面白いみたいなこともありますか?

 ありますね。日本語が堪能で、お仕事のできるかっこいい方がいて、てっきり留学をしていたのかなと思ったら「嵐」の大ファンで。実はジャニーズとアニメで日本語をマスターしたという(笑)。日本に行ってみたいけれど、家族や友人、上司からも「自分も連れて行け」と言われていて、誰を選んでも揉めるから行けないと。クールな人の意外な一面ということで面白いと思うのですが、論文だと削りますよね(笑)。

――研究として世に出すことと、その人がもつ面白さみたいな部分は一致しないことが。

 一致させられたらいいのですが。研究に必要な語りだけを拾って使う、そのやり方が悪いことはないですが、にじみ出るその人らしさみたいなものを、年齢や性別といった属性以外の情報でもっと出せたらいいのにとは思っていました。

――今回のプロジェクトに応募されたのも、そういう気持ちがあったからでしょうか。

 そうですね。修士のころ、岸先生の『街の人生』や上間先生の本に触れて、対象者の語りで展開する本にびっくりしたんです。私自身、論文はインタビューがメインの章を読むのが好きなので、こういうアプローチの本もあるんだな、いつかやりたいなと頭の片隅においていました。

 挑戦できてよかったですが、今回、すごく怖くも感じたんですよね。

――気持ちが出すぎている原稿が、見慣れない様子だったんですね。

 そうなんです。こんなに何もかもむき出しな原稿で大丈夫かと私の方が心配になってきて、語り手に素直に「掲載してもらうの怖くなってきちゃった」と相談しました。そうしたら「日本人に読まれる分には別にいいよ」って返事が返ってきて。衝撃だったというか、私の知らない感覚でした。結局そのあとも悩み続けましたが、彼としてはこの原稿でいいのだと思えました。

1216頁に織り込まれた150万字の生活史の海。
1216頁に織り込まれた150万字の生活史の海。

――今回のインタビューは中国語でされたのでしょうか?

 概ね日本語です。ただコロナ禍ということもあり、彼はちょっと日本語を忘れかけていました。それでもすごく上手なので著しい問題はありませんでしたが、「なんと言ったらいいかわからない」という時には中国語で話してもらって、その都度「こういうこと?」と確認して、彼が「あ、きっとそうだね」と納得したら日本語に言い換えるという。文字起こしすると中国語も多かったです。私も彼も相当エネルギーを使いましたが、彼がわからない言葉を飲み込まずにその都度聞いてくれたのはよかったと心から思います。

――完成原稿の中にも数か所だけ中国語が残されていますよね。完全に日本語にしなかったことは意識されたのでしょうか?

 そうですね、他に言い換えようのない言葉はなるべく使いましたし、彼の親友の言葉はそのままにしました。彼はスクリプトを読んで「僕の日本語、合ってないよね」「齋藤さん、いい感じに直してよ」と言ってきたのですが、意味は伝わるし、インタビューで使った言葉の方が絶対いいと思うと説得しました。

 印象的だったのが、彼が私に中国語で話してくれるときはいわゆる標準語の北京語なんですけど、「いちばん感情を正確に伝えられるのは方言だけどね」って。中国語でも北京語だと自分の調子が出ないらしく、その点で限界も感じました。

――中国語ってそんなに変わるのですね。

 だいぶ違います。他の地域の人が聞いたらわからないほどだと聞いています。この原稿は私も好きですが、彼の全力が出せるという方言だったらまた違うのだろうなという気はしています。

 今回柴山さんに依頼されて完成原稿を中国語に翻訳したのですが、最初、語り手と半分にわけて翻訳をしてみたら、彼が全体を見て「やっぱり齋藤さんのパートも僕が全部直していいかな」って。私は他の中国語ネイティブの子に協力してもらって翻訳したのですが。中国語でしゃべるならこうだ、というのが明確にあったんでしょうね。日本語のスクリプトを見せた時と、こだわりの強さが違いました。

聞き取りの一回性

――言語によるバイアスも少しあるんですね。生活史はこれまでの人生のことを話すから普遍的なものとイメージしていたのですが、聞き手と語り手の関係性、聞き取りをするタイミングによって、この時だけにしか出てこなかった言葉がたくさんあるんだろうなというのを改めて感じました。

 翻訳作業はインタビューの半年後だったのですが、彼が「父のことを悪く言いすぎた」と言っていて。時間が経って、彼の状況が少し落ち着いてきたんだと思います。

――じゃあ彼の中でもかなりエモーショナルなタイミングでの聞き取りだったんですね。

 最も悩んでいる時期だったんだなと。今話を聞くのと去年聞いたのとでは、絶対違うものになると思います。今後の研究でも、ある人と一回こっきりのインタビューで終わるのはちょっと抵抗ができたというか、ある程度のスパンで見ていくやり方がいいなと思いました。

 今回の私の原稿は、言語の制約はありつつも、その時限りの語りとしてよかった点もあったと捉えています。

――他の方の原稿はもう読まれましたか?

 胸がいっぱいで、せっかく受け取ったのになかなか読めませんでした。最近は、お渡し会で出会った方のものから触れてみています。普段の研究の延長で取り組まれている聞き手の方がいて、その手があったかとちょっと思いました(笑)。でもこのタイミングだったからこそ、私は友人に気持ちが向いたのだなと。

 読むのにはとても時間がかかっています!でも一人のことを理解するのは時間がかかるものだし、ぱーっとは読めないこの大変さが逆にいい感じだなと思っています。

聞き手/濱中祐美子(筑摩書房 宣伝課)

プロジェクトの舞台裏を全公開!特設サイトにて試し読みや、『東京の生活史』が出来るまでの日々を記録した「担当編集者制作日誌」がお読みいただけます。

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