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少年たちを被害者にも加害者にもしないために――エマ・ブラウン『男子という闇』

記事:明石書店

エマ・ブラウン著、山岡希美訳『男子という闇――少年をいかに性暴力から守るか』(明石書店)
エマ・ブラウン著、山岡希美訳『男子という闇――少年をいかに性暴力から守るか』(明石書店)

男の子が性暴力被害に遭うということ

 近年ニュースで報道されている性的暴行事件、それらは長年口をつぐんできた女性たちが勇気を振り絞り、ようやく口を開いたことで判明したものばかりです。容疑をかけられた男性の中には、同意の上だったと主張する者もいます。それが苦し紛れの言い訳なのか、本当にそうだと思っていたのかは定かではないものの、息子を持つ母親たちにとって、これほどまでに居心地の悪い報道はないでしょう。

 しかし、性的暴行被害に遭うのは必ずしも女性だけではないということが本書を通して明らかにされています。男性は、性的暴行事件の加害者にも被害者にもなる可能性があるのです。性的暴行と聞くと、自然と女性の被害者を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。しかし、男性が被害に遭うケースは決して少なくありません。アメリカでは、男性の6人に1人が幼少期に、4人に1人が生涯のうちに、性暴力の被害に遭っているという調査結果もあります。正直、私自身も本書に携わるまでは、著者と同じように、男の子が性暴力の被害に遭うことは考えもしませんでした。

 今までは女の子を守るために男の子を教育する必要があると考えられていましたが、彼ら自身のためにも、男の子の育て方を見直さなければならないと著者は語っています。しかし、本書を通して、著者は男の子の育て方を教えようとしているわけではありません。男の子としてこの世で生きることはどういうことなのか、そんな中で我々には何ができるのかを考えるきっかけになってほしいと彼女は考えています。

 アメリカでは、箒を意味する英語の「ブルーム(broom)」を動名詞にした「ブルーミング(brooming)」という行為が男子学生の間で密かに流行しています。第1章でも紹介されているように、それは箒などの道具を使って肛門を犯す行為で、特にアメフト部などの運動部内で行われているようです。このブルーミングという行為は、ネットフリックスのオリジナル・ドラマシリーズ『13の理由』のあるエピソードでも取り上げられています。あることをきっかけに運動部員の反感を買った1人の少年が、3人の少年たちにより暴行されるというシーンです。その少年はトイレで手を洗っていると、突然運動部の三人に囲まれ、プレーシーズンがキャンセルされたことを責め立てられます。彼は落ち着いた口調で謝罪をするものの、怒りに満ちた運動部員の一人に頭部を摑まれ、鏡や洗面台に打ちつけられます。そして、そのまま個室へと引きずられ、便器に頭を押し込まれた後、2人の少年に押さえつけられながら、もう1人の少年によって壁に立てかけられていたモップの柄の部分を肛門へと押し入れられるのです。目をそらしたくなるほど痛ましく過激なシーンですが、本書に携わる前であれば、私はそれをただのフィクションとして脳内で処理していたことでしょう。しかし、本書でも紹介されているように、実際に現実でも似たようなことが起きているのです。

 性暴力の被害に遭うことは、男性にとって、女性とはまた別の苦しみがあります。男性は「男らしくあらねば」という一種の呪縛によって、誰かに助けを求めたり、自らの身に起きたことを性的暴行と認識することが困難となっているのが現状です。実際にブルーミングの被害に遭った少年の中には、重傷を負って病院に運ばれるまで事件について口を開かない者もいます。

 また、性暴力の被害に遭った男性は、自らの葛藤以外に、周りの反応にも苦しめられることがあります。男性の場合、女性被害者のように、本当は同意の上だったのではないか、気を持たせるようなことをしたのではないかと責められることはないでしょう。その代わりに「大袈裟に騒ぎすぎではないか」などと真剣に取り扱ってもらえないことがあるのです。このような反応から、自らの苦しみを隠し通そうとする男性も少なくありません。

 私は今でも、学生時代に同級生の男の子が痴漢に遭ったと話していたときのことを覚えています。女子がそうした話をする場合、大抵は「気持ち悪かった」「怖かった」など、朝から満員電車で最悪の事態に陥ったことについて愚痴をこぼしたくて打ち明ける子がほとんどでした。しかし、ある男の子が「俺も痴漢されたことあるよ」と打ち明けたとき、それは女子の話とは打って変わって、ある種の武勇伝を語っているかのようでした。彼はある日、満員電車に乗っていたら、大人の女性に突然股間の辺りを触られたと言うのです。痴漢被害について憂鬱そうに話す女子たちとは違って、彼は笑い話を提供しているかのように、明るくその体験について話していました。

 今となっては、彼がその出来事について本当はどう思っていたのかは分かりません。もしかしたら、女子たちと同じように、気持ち悪くて怖いと思っていたけれど、世間から押し付けられた男らしくあるべきだというプレッシャーから、本音を言えなかったのかもしれません。あるいは、男性は常に性欲があるという誤った常識を植え付けられたことから、それを許されない行為としてではなく、男として喜ぶべき出来事なのだと思い込んでいたのかもしれません。いずれにしても、男の子が痴漢被害に遭ったことをこのような形でしか打ち明けられないことに対して、当時の私には感じられなかった違和感を私たちは感じ始めるべきなのではないでしょうか。

 「マンボックス」に縛られない社会へ

 この同級生の話を聞いたのはもう10年以上も前のことで、現在は当時よりも、男性の性暴力被害に関する話題を耳にする機会が増えてきているように思います。NHKでは、ホームページ上で、2020年3月に男性の性被害に関する記事が投稿されていたり、2021年6月の『クローズアップ現代+』の放送で男性の性被害の実態が調査されたりしています。また、昨今のLGBTQ運動の影響からか、メディアではジェンダーレス男子といった言葉もよく耳にするようになりました。一昔前の世代では考えられないような格好をした男性も街で見かけます。これらは男性に対する世間の認識が徐々に変わりつつある証拠でしょう。

 しかし、その一方で、まだまだ男性のあるべき姿、すなわち「マンボックス」という狭い枠組みが男性たちを縛り付けているのも事実です。『クローズアップ現代+』で行われたアンケート調査によると、性被害に遭った260人の男性のうち、65.4%が誰にも相談しなかったと回答しています。その理由の中には、相談することは男らしくないからと回答した人もいました。また、相談という形ではなく、ネタや笑い話として周りに打ち明ける男性も少なくないようです。友人に打ち明けたことのある男性の中には、「うらやましい」や「ラッキーじゃん」などの言葉が返ってきたと言う人もいます。痴漢被害に遭った私の同級生も、記憶している限りでは、周りから同じような反応を受けていました。

 なお、性暴力被害を訴えることができなかったり、そうした行為を見過ごしてしまったりすると、新たな被害者を生んでしまう恐れがあります。人は、性暴力などの逆境体験を経験するほど、他人に暴力を振るう可能性が高くなることが分かっています。暴力を振るう加害者が、元々は暴力を受けた経験のある被害者だったという例も少なくありません。前述したネットフリックスのドラマの中の少年もまた、ブルーミング被害に遭った後、学校で開かれているダンスパーティーに何挺もの銃を持って乗り込もうとします。彼は、自分の身に起きたことを誰にも話すことができず、銃撃事件を引き起こしそうになるのです。

 本書でも語られている通り、逆境体験を経験する全ての人が暴力的となるわけではありません。暴力行為を促す有害なストレスには、良好な人間関係が有効なのです。幸いにも、ドラマの中の少年には、彼のことを止めてくれる同級生の少年がいました。ドラマの主人公でもあるその同級生は、自ら性暴力の被害に遭うことはなくとも、近しい友人たちを取り巻く多くの暴力行為について知り、同じように心に傷を負っています。この主人公は、自分も傷ついて人を傷つけようとしたこと、それで何も変わらなかったこと、そして自暴自棄になっている少年に死んでほしくないということを必死に訴えかけます。主人公の心からの訴えにより、銃を持った少年はひとまずその場を離れ、事件は未然に防がれます。

 性暴力を含むあらゆる暴力的な行為を防ぐためには、男性が自らの感情について話したり、相手の気持ちを確認したり、性的ではない親密な人間関係を築いたりすることができる環境づくりが不可欠となります。残念ながら日本では、日常的に「女性らしさ」「男性らしさ」が意識的にも無意識的にも求められており、ジェンダーバイアスがいまだに根強く残る、理想的とは程遠い社会となっています。近年は、女性の権利拡大が進み、女性が強くあることが昔と比べてポジティブに受け止められていますが、男性の場合、強くあることは当たり前とされ、自らの感情をさらけ出したり、弱さを見せたりすることはまだまだ許されにくいようです。

 「男の子なんだから泣かないの」。誰しもこのようなセリフを一度は聞いたことがあるでしょう。私たちは誰かに教えられたわけでもなく、男子は強くてタフであるべきだと刷り込まれているのです。このように社会から押し付けられた「男らしさ」は、男の子の精神的健康を脅かすだけでなく、彼らの可能性さえも奪っています。少年たちを被害者にも加害者にもしないために、本書がより健康的な文化を作り上げるきっかけになることを願います。

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