考えてみませんか?日本社会の「みえない教員の姿とみえない法の壁」
記事:明石書店
記事:明石書店
近年、日本の学校でも外国にルーツのある子どもや障害のある子ども、セクシュアルマイノリティの子どもなど、子どもたちの多様性に目が向けられている。
ややもすると忘れがちだが、多様なのは先生も同じだ。障害のある先生やセクシュアルマイノリティの先生、外国籍の先生、他にも様々な背景を持った先生たちがいる。
外国籍の先生と言えば、ALT(外国語指導助手)の先生がまず思い浮かぶかもしれないが、本書で取り上げているのは、日本の教員免許状を持ち、教員採用選考に合格した正規教員である。全国の公立学校には、韓国・朝鮮、中国・台湾、アメリカ、オーストラリア、インド、ブラジル、ペルー、ベトナム、フィリピンなどの国籍を持つ教員が数百人いる(日本国籍であってもエスニックな背景が多様な先生は、その数倍はいると思われる)。
本書では、6人の教員のライフストーリーを紹介している。それぞれに代えがたい「生(ライヴズ)」と教員としての個性がある。と同時に、外国籍教員に固有の悩みや「壁」がある。
その最も大きな「壁」は何か。
現在の公立学校の教員には、多様な任用形態や職名がある。
全国公立学校の教員不足を取り上げた新聞報道で、休業・休職した正規教員に代わるフルタイムの臨時的任用教員(常勤講師)や、非常勤講師らを雇ってもなお足りないという記事を読んだ読者は、その一端に驚いたかもしれない。
それでも、学校の教員の大多数は、教諭(正規教員)である。ところが、正規教員であっても外国籍の場合は、多くの自治体での任用は教諭ではなく、「任用の期限を附さない常勤講師」(以下〈常勤講師〉とする)とされる。この〈常勤講師〉は、外国籍者にのみ適用される職である。
〈常勤講師〉は、定年まで勤めることができ、給与やその他の待遇は教諭とできる限り差がないように配慮が求められる。学級担任を持ったり教科指導をしたりと、教諭と同じ教育活動を行うが、校長の行う校務の運営には補助的に関与するにとどまり、主任や管理職には就けないとされている。
なぜなのか。公立学校の教員は地方公務員であり、公務員に関する「当然の法理」が適用されるという政府の見解があるからだ。しかし、地方公務員法や教育公務員特例法、教育職員免許法には国籍による制限は一切ない。
日本の教員免許状とは、教諭の免許状である(養護教諭や栄養教諭についてはここでは省く)。採用選考も、一般には教諭を採用するための選考である(外国籍者にも門戸を開いたので「教諭等」や「教員」とするところもあるが)。したがって、教諭としての資質があると認められたはずなのに、ただ国籍が違うというだけで教諭になれない。私立学校では、国籍に関係なく教諭であるし、管理職にも就ける。学校として「公の性質」を有することは、教育基本法(第6条)によれば、公立でも私立でも変わりないはずだが…。
本書では、こうした「ややこしい」問題を解読している。
公立学校に外国籍の教員がいることは、今に始まったことではない。戦後ずっといた。以前は国籍要件を設けて外国籍者の受験を認めないところもあったが、1991年からは当時の文部省の指導で、全国都道府県・指定都市すべての教育委員会が採用選考の門戸を開いた。
ところが、外国籍であっても公立学校の教員になれるという情報は行き渡っていない。自治体毎の採用選考の実施要項を目を皿のようにして読んでみて初めてわかる。外国籍教員に、なぜ教員になれると知ったのかと聞くと、そういう先生がいた、なれると教えてくれる人がいたなど、偶然に拠っていることが多い。それは外国籍教員がいる自治体が偏在していることとも関わっていよう。「帰化」しないとなれないと聞いた人も、今なお多いようだ。
大学の教員や職員でも、公立学校の外国籍教員についてよくわかっていない場合が多い。大学の教職課程の受講生の中には、外国籍の学生がいたはずだ。今も目の前にいるかもしれない。
大学の教職員がまずは正しく理解した上で、特に大学の教職課程では、外国籍教員の存在と問題について、きちんと教えてほしい。教員を志望するすべての学生がこの問題を知ることになり、将来教職に就いたとき、同僚に外国籍教員がいて当たり前という意識とともに、課題意識も共有してほしい。
本書は、外国籍の正規教員にフォーカスして、昨今雇用が促進されている「英語ネイティブ」教員や、外国ルーツの子どもに対応する多言語に堪能な教員にも射程を広げている。また、外国籍教員の経験をその他の「マイノリティ教員」の経験にも繋ぎ合わせている。
外国籍教員の問題を読み解くために、歴史を遡り、国の法規や行政上の扱いを解剖し、さらには諸外国ではどうなっているのかと世界を見渡すなど、多角的に迫ろうとした。なぜなら、ここから議論が始まることを希望するからだ。
公立学校の外国籍教員を本格的にテーマにした本は、これが初めてではないだろうか。本書をスタートに、外国籍教員の認知と議論が、かれらの「生(ライヴズ)」を基盤に置きつつ広がることを願う。