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「ムハンマド」「クルアーン」「モスク」……どこまで説明できる? ー知っているようで知らないイスラーム 

記事:朝倉書店

現代の世界を理解するには欠くことのできないイスラーム。「イスラームの辞典」は15億人を超える人々が信仰するイスラームについて、専門的な知識を持たない読者でも正確な情報を得ることができる一冊です。
現代の世界を理解するには欠くことのできないイスラーム。「イスラームの辞典」は15億人を超える人々が信仰するイスラームについて、専門的な知識を持たない読者でも正確な情報を得ることができる一冊です。

日本人にとって、さほど身近ではなかったイスラーム

 世界三大宗教は仏教・キリスト教・イスラーム(教)といわれていますが、その中でも日本人にとって最も身近ではなかったのはイスラームでしょう。布教活動などの歴史的出来事からミッションスクールやクリスマスまで、実際の信仰とは別次元で身近になっている「キリスト教」とは対照的です。

 ところがこの20年ほどで、だいぶ様変わりしてきました。まず来日する外国人で「ムスリム」(イスラム教徒のこと)の人が増えています。「モスク」も、有名な東京渋谷の東京ジャーミーだけでなく、国内では50をこえているといわれます。「ハラール」(食品)という言葉を聞いたことがある人も少なくないでしょうし、私もハラールチョコというのを大学の購買店で買ってみたことがあります(普通の味でした)。仕事でイスラーム金融について知る必要がある人も増えているかもしれません。

 イスラーム圏からの映画も、イランのキアロスタミ監督のような有名監督のものだけではなく、『彼女が消えた浜辺』(イラン)のようなミステリアスな作品や若い女性たちを取り上げた『パピチャ』(アルジェリア他)『モロッコ、彼女たちの朝』(モロッコ他)も日本で公開されています。『カセットテープ・ダイアリーズ』は、イギリスの1980年代を舞台にした映画ですが、主人公はパキスタン移民の少年です。

『オックスフォード イスラームの辞典』右は原著。原著の表紙にあるように、「モスク」では美しい幾何学文様のタイルが使われていることが多いです。
『オックスフォード イスラームの辞典』右は原著。原著の表紙にあるように、「モスク」では美しい幾何学文様のタイルが使われていることが多いです。

 身近になることと理解を深めること

 日本国内の出版物でも、従来はその信仰や思想・歴史関係の学術書がメインでしたが、『お隣りのイスラーム』(森まゆみ著)といったルポや、『サトコとナダ』(ユペチカ著)といったマンガも刊行されるようになりました。

 ただ、身近になったからといって、そのぶん理解が深まったとはいえないのが難しいところです。『イスラームの辞典』は英語圏で出版されたものを翻訳したものですが、日本以上にイスラームが身近な欧米圏の人々の必要に応じて企画編集されたもの、ととらえることもできるでしょう。「序」で編者は「メディアや政府の専門家たちだけではなく、生徒から質問攻めにあっている多くの教師や相談者たちにも応えるような基本的で直接的な質問の数々を用意してある」と語っています。

 

辞典を事典として使ってみる

 ふつう辞典は「知りたい言葉を探して調べる」ためにあるものですが、『イスラーム辞典』では1~2頁にわたる大項目が12も用意され、概観する事典としての役割ももっています。

 まずは「イスラーム:概観」、「ムハンマド」(かつての日本ではマホメットと訳されてました)、「クルアーン」(日本では「コーラン」と呼ばれることが多かったです)、「モスク」という基本項目を読むのがよいでしょう。さらに踏み込んで「シーア派」「スンナ派」「スーフィズム」「タウヒード」「復興と再生」「近代主義とイスラーム」「イスラーム法」といった信仰や宗派についての項目を読んでみて、十分にはわからないことがあれば、関連する用語をさらに本書で引いてみてはいかがでしょうか。

 ここで特徴的なのは、「女性(とイスラーム)」という大項目があることです。イスラーム圏のイスラーム辞典ではなく、英語圏ならではの項目かもしれません。日本国内で『日本辞典』を企画したら「女性」という項目は設定されないかもしれませんが、アメリカ人が企画したら必ず入ってくるはずです(GHQの五大改革指令の筆頭は選挙権の付与による婦人解放です)。

 サウジアラビアでやっと女性の運転が認められるなど、何かと世界で話題になるテーマでもあります。ヴェール(正確には形や地域によって呼び名が異なり、「ヒジャーブ」「チャードル」とよばれます)や「一夫多妻」制の問題などは、欧米圏でジェンダーの枠組みでよく議論の対象ともなります。一方、イスラーム圏でも女性の地位向上の問題が長い間、課題と議論が重ねられていることもうかがえます。

 

関連書籍『ガーリーシューヤーン ―マシュハデ・アルダハールにおける象徴的絨毯洗いの祭礼―』・『ガーリーシューヤーン マシュハデ・アルダハールにおける象徴的絨毯洗いの祭礼』・『岩波イスラーム辞典』それぞれに装飾されたアラビア文字が配されているが、アラビア語圏では、偶像崇拝が禁じられたこともあってこうした書道が発達している。
関連書籍『ガーリーシューヤーン ―マシュハデ・アルダハールにおける象徴的絨毯洗いの祭礼―』・『ガーリーシューヤーン マシュハデ・アルダハールにおける象徴的絨毯洗いの祭礼』・『岩波イスラーム辞典』それぞれに装飾されたアラビア文字が配されているが、アラビア語圏では、偶像崇拝が禁じられたこともあってこうした書道が発達している。

世界を理解する

 全体として、宗教や思想に関係する項目が多いのは当然なのですが、関連する人名・歴史的出来事、各国の事情についての項目も豊富なのが本書の特徴です。

 「ハマース」といったニュースでよく見かける組織から各国の「ムスリム同胞団」、「トリニダード・トバコ」まで含めた各国のムスリムの状況、「インド洋諸社会」「太平洋地域」など諸地域のイスラーム事情にも言及されています。

 イスラームというと「中東」という先入観がまだまだ日本には強いと思いますが、世界で15憶人をこえる信者を抱えている世界宗教ですから、言葉も実態も多様です(最大の信者数をかかえるのは「インドネシア」です)。イスラームを理解することは世界をよりよく理解することにもつながるはずです。

 ちなみに、日本のイスラーム関連の項目は本書にはないようです。コーランを訳した井筒俊彦くらいはあってもよいかと思ったのですが、イスラーム圏でも英語圏でも、まだまだ日本は身近ではないのかもしれません。

*文中で「 」の言葉は、本書で立項されています。

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