紀伊國屋じんぶん大賞2022に岸政彦さん『東京の生活史』 長い長い交響曲のような本
記事:じんぶん堂企画室
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「紀伊國屋じんぶん大賞2022 読者と選ぶ人文書ベスト30」は、一般読者からのアンケートをもとに、出版社や書店員による推薦も交えて事務局が集計し、ベスト30を選定。今回で12回目を迎えました。
大賞に選ばれた岸政彦編『東京の生活史』(筑摩書房)は、東京出身や在住の人、東京にやってきた人など150人の語りを聞き手150人がまとめた膨大なインタビュー集です。語り手のプロフィールも説明もなく、ただ人生の語りがあるのみ。多様な背景を持つ人々の声から、東京という都市の姿が浮かび上がってきます。
岸さんは贈呈式で、「たいへんな本を作ったなと自分でも思っています。語り手150人の方、参加いただいた聞き手150人の方に心からお礼を申し上げます」と述べ、歴史学者から昔聞いたという話を交えながら、次のように語りました。
>岸さんのスピーチは紀伊國屋書店のYoutubeチャンネルでもご覧いただけます。
(岸政彦さん 受賞のことば)
20年も30年も前に聞いた話をなぜかふっと思い出しました。和歌山のものすごく小さな町に子守歌があるのですが、それは沖縄の子守歌なんですね。なぜそこで歌われていたかというと、大阪の製紙工場で戦前、和歌山と沖縄の女の子が働かされていて、大部屋で一緒になって歌を交換したのではないか、というのです。確かめてはいないのですが、すごくありそうな話で印象に残っていました。
世界中に吟遊詩人などの伝統があります。その話から、われわれは歌を交換するのだな、と思いました。生活史を聞くということは、語りというよりは歌を聴いている感じだと思います。ひとりの語り手は歌い手でもあって、自分の人生を音楽にのせて歌っている。それを録音して聴きながら文字起こしをするのは、まるで楽譜に起こす作業に似ています。
当たり前のことですが昔から思っているのが、15分の曲は聞くのに15分かかるんですね。圧縮できない。15分絶対にかかってしまうわけです。本は物質としてあるので、空間芸術のように思ってしまうのですが、時間芸術として本は音楽に近いとずっと思っています。たくさんの話を読もうとすると、たくさんのページ数やたくさんの時間がかかってしまう。そんなことをずっと考えてきました。
もう中学生ぐらいの時からこういう本を作りたいと思っていました。読むのに途方もない時間がかかる本、長い長い交響曲のような本を300人+1名で今回作りました。心から幸せに思っていたところ、じんぶん大賞をいただき、たいへん光栄で嬉しく思います。いろいろ苦労もありましたが、この本を作って良かったです。
生活史は誰でも聞けるし誰でも書けるものです。同じような企画をいま沖縄で始めています。おそらく大阪でも始めることになると思います。たぶん僕は「生活史モノグラフ」という仕事を一生するんだろうなと思っています。