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『デジタル革命の社会学』が拓く〈新たな社会理論〉

記事:明石書店

アンソニー・エリオット著、遠藤英樹・須藤廣・高岡文章・濱野健訳『デジタル革命の社会学――AIがもたらす日常世界のユートピアとディストピア』(明石書店)
アンソニー・エリオット著、遠藤英樹・須藤廣・高岡文章・濱野健訳『デジタル革命の社会学――AIがもたらす日常世界のユートピアとディストピア』(明石書店)

 つい先ごろ、私を含めて四名の研究者仲間で、一冊の翻訳書を上梓しました。南オーストラリア大学教授のアンソニー・エリオット著『デジタル革命の社会学――AIがもたらす日常世界のユートピアとディストピア』です。

私たちの社会を大きく変えるデジタルテクノロジー

 「デジタル革命」とは、どういう意味でしょう。「デジタル革命」とは、ただ単に、メディアの仕組みがデジタルテクノロジーを用いた仕組みに移行するというだけではありません。そうではなく、AI(人工知能)を含めたデジタルテクノロジーを軸に社会システムが大きく変容し、私たちの日常における暮らしや、自己のあり方までも変え、再帰的にテクノロジーそれ自体も複雑性のもとでさらに新たなものへと変わっていくことを意味しています。

 その一つの具体例がAmazon Roboticsです。これは搬送ロボットで、現在、Amazonの物流倉庫で使用されるようになっています。作業者がデジタルの注文データを用いて製品を選択すると、Amazon Roboticsが、該当の商品が収容された棚ごと作業者の元に運んできてくれるのです。また、AIを搭載した極小のナノロボットを体内に入れて病気の治療などを行う、「ナノ医療」も近年注目を浴びています。それだけではありません。デジタルテクノロジーは、戦争のあり方をも大きく変えています。2022年2月24日に始まったロシア連邦によるウクライナ侵攻のことを考えてみても良いでしょう。

 この侵攻において3月中旬頃、ロシア連邦がAIを搭載した高性能な「自爆ドローン」を用いたとみられる映像がウクライナ側で確認されました。その後、米国も国防総省カービー報道官が記者会見で、ロシアの侵攻を受けるウクライナへの軍事支援として、爆弾を搭載したまま装甲車両などに突撃して破壊する「自爆ドローン」100機を供与したと述べています。AIを搭載した「自爆ドローン」は、今後の戦局を大きく変えてしまうかもしれません。またAIチャットボットによる虚実入り乱れたSNS投稿が情報戦に果たした役割も、とても大きいものでした。

IoEネットワークに接続されるヒト

 このようなデジタル革命は、IoE(あらゆるモノのインターネット:Internet of Everything)を抜きに語ることができません。IoEは言うまでもなく、すべての「モノ」が、インターネットに接続されて、人々の暮らしを変えていく仕組みです。そこではヒトさえも、IoEに接続されていくことになります。私たち人間も、モノと同様に、IoEネットワークの一つの端末になっていくのです。

 「AlterEgo」の事例を考えてみましょう。これは、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームが開発した、言いたいことを頭の中に思い浮かべるだけでAIが読みとってくれるというテクノロジーです。AlterEgoは、あごや顔に装着すれば良いだけのウェアラブルデバイスです。AlterEgoを着けたまま頭の中で指示を送ると、デバイスが筋肉からの微弱な電気信号を感知して、本人が何も口にせずとも、AIがその人のやりたいことを理解し操作を実行するのです。

 これからの時代における私たちの「自己」の考えや活動は、このような「AlterEgo」とのネットワークの中で支えられるものとなるのかもしれません。とすると、これが、「AlterEgo」という名称であることは象徴的なことのように思います。「Alter Ego」とは「他我」の意味ですが、これからの時代における私たちの「自己」は、デジタルデバイスというモノ=「他我」とのネットワークの中に息づくようになるのかもしれません。

デジタル革命時代の〈新たな社会理論〉へ

 さらに、私たちの「自己」において発動されていく「情動(affection)」もまた、デジタルテクノロジーとのネットワークのもとで形成されるものとなっていくのではないでしょうか。それは、「情動のデジタル革命」とも言えるものです。

 すでに、AIを搭載したヒューマノイドロボットが相席して会話に応じてくれるだけでなく占いやミニゲームで遊べたり(ときには踊ってくれたり)するカフェがあります。またAIを用いて、海外の観光地とそっくりな日本の場所を探すサイトの事例もあります。

 そうやって「楽しい」という情動をもつようになるのだとしたら、私たちの情動はデジタルテクノロジーを経て実現されるということになります。大切なことは、それが「良いもの」であるとユートピア風に描くことではありません。逆に、自分の本来の「情動」までもデジタルテクノロジーに操られ、監視され、疎外されてしまうとディストピア風に嘆じることとも違います。

 私たちにいま求められているのは、私たちの社会、暮らし、自己、情動のあり方が緊密にデジタルテクノロジーの中で展開されるようになっていることを、ユートピアもディストピアもすべてひっくるめて、あざやかに描写していける〈新たな社会理論〉なのです。

 本書は、そうした社会理論を拓こうとする宣言の書です。ぜひ本書を携えて、〈新たな社会理論〉への旅に乗り出していきましょう。

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