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MMT(現代貨幣理論)とは何か 経済政策のパラダイム・シフト[前篇]

記事:白水社

現代経済をラディカルに捉え直すために! 島倉原著『MMT講義ノート 貨幣の起源、主権国家の原点とは何か』(白水社刊)は、人気講座の待望の書籍化。長期停滞を解明する、新しい経済学への入門書。
現代経済をラディカルに捉え直すために! 島倉原著『MMT講義ノート 貨幣の起源、主権国家の原点とは何か』(白水社刊)は、人気講座の待望の書籍化。長期停滞を解明する、新しい経済学への入門書。

 

はじめに

 MMTとは、Modern Money Theory または Modern Monetary Theoryの略称で、日本語に訳すと「現代貨幣理論」となります。MMTは、米国を中心に提唱されている、1990年代に登場した比較的新しいマクロ経済理論です。貨幣や経済政策に関するその独特な主張によって、特に2019年あたりから、世界的に注目が高まっています。

 今、「MMTは経済理論である」と述べました。ところが、国内外を問わず、著名な経済学者や政府関係者の多くがMMTを「極論」あるいは「暴論」と言って批判し、メディアの記事なども概ねそれに同調しています。MMT主唱者の多くは「ポスト・ケインジアン」という学派に属する海外の経済学者ですが、経済理論としては「異端の中の異端」という扱いを受けています。ただし、そうした批判の多くはMMTを正確に理解せずに行われており、賛成派と反対派の議論がほとんどかみ合っていないこともしばしばです。

Macroeconomics word cloud[original photo: ibreakstock – stock.adobe.com]
Macroeconomics word cloud[original photo: ibreakstock – stock.adobe.com]

 一方、かく言う私は、いわゆる経済学者ではありません。査読付き論文が経済学の専門誌に掲載された実績も一応あるので、カタカナの「エコノミスト」ぐらいは名乗ってもバチは当たらないかもしれませんが、大学では法律を勉強する法学部に在籍していました。経済学は、企業人として業界動向やマクロ経済を分析したり、個人投資家として経済や金融市場を分析したり、一評論家として経済政策をテーマとした言論活動を行ったりするために、ほとんど社会人になってから独学で身に付けたものです。

 そんな私が、MMTの包括的な入門書である『MMT現代貨幣理論入門』略して『MMT入門』を監訳し、解説書である『MMTとは何か』を執筆し、さらにはこうして大学の公開講座でMMTの講義をしている。このことを不思議に思う方もおられるかもしれません。

 しかしながら、20世紀米国の科学哲学者トーマス・クーンによれば、自然科学の歴史では、「パラダイム」と呼ばれる思考の枠組みが従来とは大きく異なる新しい理論が登場・普及する際に、従来の学問体系に縛られていない若手や、実務家も含めた新参の研究者が大きな役割を果たすのはごくありふれた現象です。このように、パラダイムが新たなものへと移り変わる現象は、「科学革命」あるいは「パラダイム・シフト」と呼ばれています。

Attractive business woman pressing a virtual button paradigm shift[original photo: Samo Trebizan – stock.adobe.com]
Attractive business woman pressing a virtual button paradigm shift[original photo: Samo Trebizan – stock.adobe.com]

 この点、その著書『富国と強兵』を通じて日本にMMTを紹介した先駆者で、主流派経済学とは一線を画した思想である「経済ナショナリズム」を専門とし、国家官僚を務めながら評論家としても活躍している中野剛志氏は、MMTの登場を、16世紀以降のヨーロッパで天動説から地動説が徐々に主流となった現象にも似た、経済学におけるパラダイム・シフトになぞらえています。また、MMT派の経済学者も、カール・マルクスやジョン・メイナード・ケインズを経済学における科学革命の先駆者としつつ、自らをその継承者と任じている節があります。

 もちろん、MMTが科学革命か否かの評価は、後世に委ねられるべきでしょう。とはいえ、私自身は、16世紀前半にコペルニクスによって提唱された地動説がケプラー、ガリレオと受け継がれて発展し、17世紀後半にニュートン力学として実を結んだように、後述する「有効需要の原理」を掲げたケインズ理論こそが科学革命の出発点であり、その中継ぎの役割を果たしているのがMMTではないかと考えています。また、仮にMMTが科学革命ではないとしても、現在の主流派経済学の前提である「古典派」「新古典派」といった非現実的な理論に代わる、経済学の新たな基礎となり得る理論であることは間違いないと思います。

 ただし、それは、MMTの主張がすべて正しいということではありません。むしろ、比較的新しい理論ということもあり、改善や発展の余地は決して少なくないでしょうし、私自身、違和感のある部分も決してないわけではありません。

 この講義では、私自身のこれまでの研究に基づいて、できる限り正確にかつ分かりやすく、MMTを解説していきたいと思います。また、MMTを私なりに改善・発展させた、いわば「MMTバージョンアップ試案」についても述べてみたいと思っています。

 

経済学界におけるMMTの立ち位置

 では、MMTとは、一体どのような理論なのでしょうか。まずは、経済学界におけるその立ち位置を確認しておきましょう。

 図表1-1は、経済学派のおおまかな流れを主要人物の名前とともに示しつつ、その中にMMTを位置付けたものです。ただし、説明の便宜上、すべての経済学派を網羅しているわけではありません。

 実線の矢印は直接的な影響、点線の矢印は間接的な影響を示しています。MMTと特に関係の深い人物は、太字で強調しています。

図表1-1 経済学の系譜とMMTの立ち位置
図表1-1 経済学の系譜とMMTの立ち位置

 MMTを代表する経済学者としては、『MMT入門』の著者である米国のランダル・レイ、そして2019年に日本に来日したオーストラリアのビル・ミッチェルと米国のステファニー・ケルトンを挙げています。ケルトンの著書も、『財政赤字の神話』というタイトルで、2020年に日本で翻訳出版されています。

 図表1-1の点線で囲まれている左下の一群が、20世紀半ば以降の「主流派」に属する諸学派で、いずれも19世紀後半に成立した新古典派経済学を基礎としているのが特徴です。新古典派経済学とは、すべての市場で同時に需要と供給が一致して均衡が成立する「一般均衡」を前提とした経済理論です。そして、学派によってややスタンスは異なるものの、「経済全体の活動水準は、少なくとも長期的には供給側、すなわち財やサービスを生産する者の総供給能力によって決定される」という認識に基づいて、経済政策論では総供給能力の拡大を重視する傾向があるのも主流派の特徴です。

 なお、「長期的な経済活動水準は総供給能力によって決定される」という認識は、非主流派のマルクス経済学にも共通するようです。私自身はマルクス経済学の知識が十分ではないため、ここから先はあくまで推測ですが、マルクス経済学者をはじめとしたいわゆる左派系の知識人が経済政策について語る際に、もっぱら分配の議論に終始して経済成長への関心が総じて乏しく、場合によっては成長に否定的な傾向すら見られるのは、そうした認識が根底にあるからかもしれません。

 対して、MMTが属しているのは、非主流派の一角をなす、「ポスト・ケインジアン」と呼ばれる学派です。ポスト・ケインジアンは主流派とは異なり、経済全体の活動水準を決めるのは短期的にも長期的にも需要側の「有効需要」、すなわち実際に貨幣を支払ってモノやサービスを購入する意思の大きさであると考えます。これは、20世紀前半にケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』で提示した「有効需要の原理」、あるいはその前提にある「一般均衡は極めて特殊な場合にしか成立せず、新古典派経済学は非現実的である」という認識に基づいています。

 したがって、ポスト・ケインジアンは、経済政策論においても有効需要のコントロールを重視します。ポスト・ケインジアンと主流派の違いは、ケインズの『一般理論』を長期的にも成り立つ真理と見るか、全否定あるいは短期的にのみ成り立つ理論と見るかの違いといっても良いかもしれません。

ラリー・ランダル・レイ(Larry Randall Wray 1953─)[original photo: Marta Jara]
ラリー・ランダル・レイ(Larry Randall Wray 1953─)[original photo: Marta Jara]

 そして、ポスト・ケインジアンの中でも、そうしたケインズの認識の根底に存在した主流派とは異なる貨幣に対する見方、すなわち貨幣観を特に重視しているのがMMTです。MMTは、ケインズの貨幣観に強い影響を与えたゲオルグ・フリードリッヒ・クナップやアルフレッド・ミッチェル=イネスの業績にも立ち返り、「新表券主義(neo-chartalism)」と呼ばれる新たな貨幣観を打ち出しています。クナップはドイツ歴史学派に属する経済学者、イネスは英国の外交官を務めながら独自に貨幣の歴史を研究した在野の研究者です。いずれも、18世紀のアダム・スミスを源流とする主流派の貨幣観とは根本的に異なる、独自の貨幣理論を20世紀初頭に提唱した人物です。

 ところが、そんなMMTの貨幣観や、それに基づく独自の経済政策論に対しては、ポスト・ケインジアンの間でも少なからず批判があり、そのことがMMTの独自性をさらに際立たせています。冒頭で、MMTは「異端の中の異端」といった扱いを受けている、と述べたのはそのためです。

[後篇はこちら]

 

【『MMT講義ノート──貨幣の起源、主権国家の原点とは何か』(白水社)所収「第1章 イントロダクション──なぜ、今MMTなのか」より】

 

島倉原『MMT講義ノート 貨幣の起源、主権国家の原点とは何か』(白水社)目次
島倉原『MMT講義ノート 貨幣の起源、主権国家の原点とは何か』(白水社)目次

 

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