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MMT(現代貨幣理論)とは何か 経済政策のパラダイム・シフト[後篇]

記事:白水社

現代経済をラディカルに捉え直すために! 島倉原著『MMT講義ノート 貨幣の起源、主権国家の原点とは何か』(白水社刊)は、人気講座の待望の書籍化。長期停滞を解明する、新しい経済学への入門書。
現代経済をラディカルに捉え直すために! 島倉原著『MMT講義ノート 貨幣の起源、主権国家の原点とは何か』(白水社刊)は、人気講座の待望の書籍化。長期停滞を解明する、新しい経済学への入門書。

[前篇はこちら]

 

MMTはなぜ注目されているのか

 では、MMTは何を主張しているのでしょうか。手前味噌ですが、そのまとめとして、『MMT入門』の帯に書かれた「MMT(現代貨幣理論)の特徴」3カ条をご覧いただきたいと思います。なぜ手前味噌かと言えば、このコピーは、私が作成した原案をほぼそのまま採用したものだからです。

 

MMT(現代貨幣理論)の特徴

●日本や米国のように「通貨主権」を有する政府は、自国通貨建てで支出する能力に制約はなく、デフォルトを強いられるリスクもない。財政赤字国債残高を気にするのは無意味である。

政府にとって、税金は財源ではなく、国債は資金調達手段ではない。政府が先に通貨を支出しない限り、民間部門は税金を納めることも、国債を購入することも論理的に不可能である。税金は所得、国債は金利にはたらきかけ、経済を適正水準に調整するための政策手段である。

政府は「最後の雇い手」として、希望する人々全員に、一定以上の賃金水準で就業する機会を約束することができる。この「就業保証プログラム」は、「完全雇用と物価安定」という公共目的に資する、強力な経済安定装置である。

 (レイ(2019)の帯のコピーより転載。太字は出典による)

 

 第1条と第2条は、通貨を発行する政府とはどのような存在か、そしてどのようなオペレーションを行っているのかといった事実を描写した、記述的理論あるいは説明的理論(descriptive theory)としてのMMTの主張です。続く第3条は、そんな政府がどのような経済政策を行う「べき」かを提言した、規範的理論(prescriptive theory)としてのMMTの主張です。

 財政赤字や国債残高といえば、「国の借金」とも表現され、ニュース報道から情報番組での解説に至るまで、「不健全で減らすべきもの」と扱われるのが通例です。その背景には、財政赤字をネガティブなものと捉える主流派経済学が存在しています。

 これに対して、第1条にあるように、「財政赤字や国債残高を気にするのは無意味である」、つまりは不健全でもなければ減らす必要もないと正反対の主張をしているのがMMTです。この主張は、米国民主党所属の下院議員アレクサンドリア・オカシオ=コルテスがインタビューを受けた際に、グリーン・ニューディールをはじめとした、大規模な財政支出を必要とする彼女の公約を正当化する論拠にもなりました。このインタビューは2019年に公表され、MMTが世界的に注目を浴びるきっかけとなっています。

アレクサンドリア・オカシオ=コルテス[Alexandria Ocasio-Cortez 1989─]
アレクサンドリア・オカシオ=コルテス[Alexandria Ocasio-Cortez 1989─]

 「税金は財源ではなく、国債は資金調達手段ではない」という第2条の主張もまた、一見すると非常識で、やはり主流派経済学とは正反対の内容です。こちらもMMTが注目を浴び、そして批判される要因となっています。第2次世界大戦が戦後のケインズ経済学普及のきっかけとなったように、新型コロナウイルスの流行に対応して各国で大規模な財政出動が行われていることも、MMTへのさらなる注目につながっていくかもしれません。

 

日本はMMTの実証例

 さらに、日本には、MMTが注目を浴びるもう1つの背景があります。それは、MMT派の経済学者たちが、日本の経済や財政の現状を、MMTの正しさを実証する「非常に良い事例である」と述べていることです。

 日本では、1990年頃をピークとするバブル経済が崩壊した後に財政赤字の拡大が続き、1995年には時の大蔵大臣が「財政危機宣言」を行いました。「財政健全化の指標」とされる名目GDPに対する政府債務残高の比率は増加を続けて2010年には200パーセントを超え、その後も世界最高の水準が続いています。そして、こうした状況が続けばいずれは「財政破綻」や「国債暴落」、あるいは「ハイパーインフレ」につながるといった主張が、経済学者や評論家、あるいはテレビのコメンテーターなどによって、長年にわたり繰り返されてきました

Gross Domestic Product or GDP concept[original photo: Bits and Splits – stock.adobe.com]
Gross Domestic Product or GDP concept[original photo: Bits and Splits – stock.adobe.com]

 ところが、財政危機宣言から25年以上経っても財政破綻など起きていませんし、国債は暴落するどころか世界最低水準の利回りが続いています。しかもこの間、経済全体の物価動向を示すGDPデフレーターは大半の年で前年比マイナスとなっており、ハイパーインフレどころか、世界でも例を見ない長期デフレを含む低インフレ傾向が続いています。まさしく、「財政赤字や国債残高を気にするのは無意味である」というMMTの主張どおりの状況で、日本国内でMMTが根強い注目を集める背景となっています。

 私自身がMMTを知るようになったのは、2016年のことです。きっかけは、MMTのルーツの1人である米国の経済学者アバ・ラーナーが提唱した「機能的財政」を研究していたことでした。そこには、「日本経済の長期停滞を脱却するには、政府が緊縮財政を止めなければならない」という自らの主張の裏付けとなる理論武装をしたい、という思いがありました。

アバ・ラーナー[Abba Lerner 1903─1982]
アバ・ラーナー[Abba Lerner 1903─1982]

 MMTを少し調べてみると、財政赤字に対する見方などは、日本経済の実証分析からたどり着いた、既に自著で展開していた自らの見解とほとんど一致していることが分かりました。一方で、現状の日本において緊縮財政を止め、拡張的財政に転じることを正当化する機能的財政は、規範的理論としてのMMTの根幹をなす考え方であるとともに、説明的理論と同様、MMTの貨幣観を基盤として成立していることも確認できました。そこに、現実的かつ首尾一貫した「正しい経済政策の理論的基盤」の可能性を見出したことで、私はより一層MMTの研究に踏み込むようになり、今日に至っています。

 実際、現状分析においてMMTの優位性が際立つということは、特に日本では、経済政策論においても主流派経済学ではなくMMTを理論的な基盤とすることで、より適切な政策を実現できる可能性が高いと考えるべきではないでしょうか。そして、もしMMTが経済学における科学革命につながるものだとすれば、そんな日本の現実に根差してMMTを研究あるいは応用することは、経済学の発展への少なからぬ貢献となるのかもしれません。

 

【『MMT講義ノート 貨幣の起源、主権国家の原点とは何か』(白水社)所収「第1章 イントロダクション──なぜ、今MMTなのか」より】

 

島倉原『MMT講義ノート 貨幣の起源、主権国家の原点とは何か』(白水社)目次
島倉原『MMT講義ノート 貨幣の起源、主権国家の原点とは何か』(白水社)目次

 

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