10代の「探究」を全力で応援 学校現場にヒアリングして作った「ちくまQブックス」、編集チームに聞きました
記事:筑摩書房
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Qブックス編集長の吉澤麻衣子さんは、これまで高校生向けの新書「ちくまプリマー新書」を長く担当してきました。
10代向けのテーマを、わかりやすく、ルビをふるなどして読みやすいように、内容も形も工夫を重ねて作ってきましたが、冒頭の国語の先生から、生徒にとっては読むのが大変みたいだと聞き、ショックを受けたそうです。
「若い人が本を読まない、とは昔から言われていますが、『読まない』の含意が 本当のところはわかっていなかったんだなぁ、と」
自分がやっていたことはいったい何だったんだろう、と考え込んだ吉澤さんは、編集部員数人で集まり、話し合いました。
「10代が本当に必要としている本を作るには、これまで本の作り手として考えていた本や読書の理想形を一度壊して考えてみよう 、ということになったんです」
10代が本当に必要としている本――そのヒントを探るために、吉澤さんは、編集部の金子千里さんと一緒に、学校の図書館や国語科を回り始めました。どんなテーマ設定にするか。どのくらいのボリュームにするか……。
生徒が自分から手を伸ばさないタイプの本を読めるようになるよう読書会を開催するなど、多くの先生が試行錯誤を重ねていました。先生方の話を聞いてわかったのは、「読んだ!」という実感を持つことの大切さです。であれば、読み通せるボリュームにする必要があります。
学校現場を回って得た数々のヒントを編集部に持ち帰り、話し合った結果、10代の中でも特に12歳から15歳くらいまでの層をターゲットにしたノンフィクションの本を作ろう、ということになりました(ここで使う「ノンフィクション」という言葉は、論説文やエッセイをはじめとしたフィクション以外の全般を指します)。
特に12歳から15歳をターゲットにしたのは、この層向けの本がなかなかないからです。
「この年齢層は、12歳だったら子ども向けの本を読めばいい、15歳だったらがんばって大人向けの本に挑戦すればいい、って、お茶を濁せてしまう。でも、この層にちゃんと向き合ってみよう、と思いました」(吉澤さん)
なぜノンフィクションに限定したか。理由は2つあるそうです。1つは、今、「探究」教育が重視されていること。新しい学習指導要領が強調しているのが「探究的な学び」です。
もう1つの理由は、吉澤さんが図書館をまわって気づいたことでした。
「中学生くらいまでをターゲットに作られている本のほとんどが文学作品なんです。これでは、大学受験に備える頃にいきなり論理的文章を読めと言われても、戸惑うのは当然ではと思いました 」
吉澤さんにとって、中学生の頃に読んだ『アンネの日記』は今も心に強く残っているそうです。
「暴力や、悲劇の歴史を知ると同時に、その裏にあった、自分と同い年くらいの女の子のとてもつつましい日常、それが失われることの恐ろしさを感受しました。同時に、長野の田舎で暮らしていたので、アンネを通して見たヨーロッパに憧れて、行ってみたいなと夢を持ちました。いろんなことを教えてくれた一冊ですね」
文学作品の素晴らしさはもちろんですが、ノンフィクションが伝える見たこともない国、文化、歴史、初めて知る考え方は、吉澤さんにとっての『アンネの日記』のように、10代の読者に長く深い影響を与えうるものです。
ぜひ、10代にもっとノンフィクションを読んでほしい!
「Qブックス」という名前のQには、2つの意味が込められています。
まず、Question(なぜ?)がスタート地点であること。10代が日常の中で感じる疑問がテーマになっています。
そして、Quest(探究)。新しい学習指導要領では、探究教育の目標を「自己の在り方生き方を考えながら、よりよく課題を発見し解決していくための資質・能力」の育成としています。(文部科学省【総合的な探究の時間編】高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説より)
金子さんは、「探究的な学び」を工夫する教育現場を回りながら、生徒たちの文章への接し方がちょっと気になったそうです。
「弊社では、高校の国語教科書も刊行しており、その関係で、学校の国語科の先生に話をお伺いすると、グループワークが以前よりも活発に行われているようです。たとえば、ある文章を読んで、みんなで意見を出し合ったりするのですが、積極的に自分の意見を言える生徒は以前よりも増えたと聞きます。一方で、文章自体にじっくり向き合って、書いてあることを精確に受け止めることには、以前よりも関心が払われなくなる傾向にあるかもしれないと聞きました 」
「探究」教育はさまざまな取り組みがなされていますが、Qブックスが考える「探究」は、じっくり向き合い、自分の頭で考えること。10代には、疑問や驚きを大事にし、正解することよりも考えることを大切にしてほしい。性急に答えを出すよりも、豊かな人生を送る力につながると思うからです。
「何かを考えるきっかけになることを、Qブックスではもっとも大切にしています。テーマを単に解説するだけではQブックスの成立要件を満たさない。これが結構難しいんですが」(金子さん)
Qブックスのデザインは、人文書、フェミニズムの本の装丁で優れた仕事を重ねている鈴木千佳子さんによるものです。
「鈴木さんの仕事は、人文書をやさしく見せて、この本はあなたのものだよ、って雰囲気に仕上げてくださるんです。そして、本の説得力をもっと発揮できるように、本当によく考えてくださる」(吉澤さん)
わくわく読み進めて、愛着ある1冊にしてもらえるよう、色にこだわり、2色刷りにしました。
「色にはすごく凝っています。鈴木さんからの色指定は私たちも初めて見る色が多くて、次はどんな組み合わせの2色が指定されてくるか毎回楽しみなんです」(金子さん)
文中も2色刷りで、ポイントになる言葉や文章が色文字にされています。
そして、巻末には「次に読んでほしい本」が数冊紹介されています。新たな「なぜ?」(Question)から、さらなる「探究」(Quest)を続けていってほしいからです。
こうして工夫を凝らしたQブックス第1期(全10冊)は、学校図書館に購入されたり、テキストとして採用されたり、多くの教育現場から歓迎されました(ラインナップはこちら )。
6月に刊行開始する第2期ではどんな工夫を凝らしているのか。6月16日発売の2冊の担当編集者に聞いてみました。
在野の哲学者だった池田晶子さん(2007年逝去)が、14歳頃の子どもたちに向けて考えることや生き方について書いた『14歳からの哲学』と『14歳の君へ』は、“14歳シリーズ”として知られ、刊行から約20年たった今も新しい読者を得ています。
『言葉を生きる――考えるってどういうこと?』は、池田さんが遺した文章の中から、今の10代に読んでほしい文章を新たに選んだアンソロジーです。
どんな文章を選んだのか、編集を担当する田中尚史さんに聞きました。
「“14歳シリーズ”からは、基本、選ばない方針で作りました。“哲学エッセイ”と呼ばれている池田さんの文章は……こう言ったら池田さんは怒るかもしれないけども、論理の先にある情緒というか、味わいみたいなものに対する感性もとても豊かです。そういう要素は、“14歳シリーズ”では抑えられている。池田さんのそうした広がりのある文章も10代の人に読んでほしいと思い、いろんな書きぶりの文章を集めました。あと、ソクラテスと奥さんのクサンチッペの会話で書かれた『対話篇』と呼ばれる文章は、池田さんが作り上げた文体の中では特別な位置づけなので、どうしても入れたくて、一篇入っています(第4章 言葉の力)」
田中さんは池田さんの担当編集者として10年ほど一緒に仕事をしたそうです。10代に伝えたい池田さんのエッセンスってどんなものですか?
「『悩むな、考えろ』という池田さんの有名なメッセージがあります。悩むのは止まることだけど、考えるのは進むことなんです。……10代って一人で悶々とすることが多いじゃないですか。誰にもわかってもらえない、話が通じない、って思いながら、本当は思ってもいないのに、そうだそうだ、って言って周りに合わせている。でも、本当は自分で感じたり考えたりしていることがいっぱいあるはずなんです。なのに、周りに合わせることに神経を使いすぎて 、自分自身に目を向けないのはもったいない。今回選んだ文章の多くは週刊誌の連載だったもので、毎週毎週、池田さんが日々の出来事の中で感じたり考えたことを綴っています。考えることは日々の営みだということが伝わるかなと思いますし、自分の内面と向かい合うことがいかに豊かなことか感じてもらえるんじゃないかと」
『言葉を生きる』というタイトルにしたのは?
「池田さんは言葉を大事にした人でしたし、言葉は考えるきっかけでもあるので、このタイトルにしました。──考えたり感じたりしたことイコール言葉、ではないわけです。考えたこと感じたことが言葉になる過程のところで、ちょっとがんばって立ちどまってみてほしい。逆に、言葉になっていたらそれが完成形というわけでもない。言葉そのものを疑ってみてほしい」
帯には、“言葉はどうして伝わるんだろう! その驚きが、君の力になる。”というコピーが。
「『わたし』と言って自分を指す不思議。誰が言っても自分を指すことの不思議。しかも、指してる自分って何?という不思議。……10代の頃って、言葉だけでなく存在の不思議のようなものに、ある日突然気づく。でも、学校や友達づきあいとかの日常の中で、その気づきを追いかけられずにいる。そんなふうに、疑問や驚きを胸の奥に持っている10代って、少ないかもしれないけど、いると思うんですよね。帯もタイトルも、そういう10代の人たちの目にとまって、自分の中の疑問にコツンとひっかかったらいいなと 」
田中さんが10代の頃に影響を受けた本ってありますか?
「僕が小学校から中学校にあがるときだったかな、テレビでカール・セーガンの『コスモス』という番組を観たんです。一度しか観ていないんですが衝撃を受けて、書籍化された上下巻の本を買いました。宇宙の話です。かなり難しい内容なので、全然わからないところもあるんですけど、圧倒的におもしろくて。繰り返し読みました。そのとき買った『コスモス』、今でも持ってますよ。映像は確かに迫力はあるけれど、実際に見たこともない宇宙のことを文字で読み、考えることの不思議さ。わかんなくてもわくわくしますよね。その後、編集者になっていろんな科学の本を作りましたけど、目標はいつも『コスモス』です。池田さんも宇宙の話が大好きでした。池田さんの本にも、やっぱりどこか『コスモス』を感じるんですよね」
Lesson1 美容整形は「私の自由」? Lesson2 ドーピングはなぜいけないのか? Lesson3 スマートドラッグで「私」ではなくなる? Lesson4 スマートドラッグは、人類を幸せにしてくれるのか?
『生命倫理のレッスン――人体改造はどこまで許されるのか?』の目次には刺激的なワードが並んでいます。なぜこのようなテーマになったのか、担当編集の金子さんに聞きました(吉澤さんと一緒に学校を回った金子さんです)。
「小林亜津子さん(北里大学教授)が書かれた『はじめて学ぶ生命倫理』、『QOLって何だろう』という、生命倫理をテーマにしたちくまプリマ―新書2冊が、医学部を受験する生徒さんや、看護学を学ぶ生徒さんのテキストとして使われていて、教育現場で大変好評をいただいているんです。なので、今度は中学生向けの生命倫理の本を小林さんに書いていただこうということになりました」
プリマ―新書の2冊は、生殖医療や安楽死など生死に直面するテーマの倫理問題を扱っています。Qブックスでは、10代にとってより身近なテーマとして「エンハンスメント」、つまり、医療技術の発展によって広まっている「からだ」や「あたま」の改造を取り上げました。
「スマートドラッグ、美容整形、ドーピングなどです。これらが『よいこと』なのか『わるいこと』なのか、7人の中高生が、こうじゃない? ああじゃない? と、いろんな視点から対話する構成になっています」
スマートドラッグとは「頭の良くなる薬」。もともとADHD(注意欠陥・多動性障害)などの診断に処方されていた薬が、アメリカやイギリスで、治療の必要がない人によって試験勉強や仕事のパフォーマンスを上げるために用いられるようになったものです。日本でもオンラインで購入する人が増え、健康被害の危険もあることから、厚生労働省が個人輸入の規制に踏み切りました。
「スマートドラッグって、私も初めて知ったんですが、学校の先生に聞くと、生徒の多くが知っていてなじみもあるよ、と言われてびっくりしました。塾に行くことを『ドーピング』と言った先生がいて親が学校に抗議してきた、という話をネットで読んだのですが、確かに、東大合格確実といわれる授業料高額の塾に行くのと、(健康上の問題がないことを前提としますが)スマートドラッグと、公平性の意味からどう違うの? と考えると、なかなか難しい。スマートドラッグを飲んだ状態の自分は本当の自分ではないのか? とか。いろんな倫理性の問題が浮かび上がってきますよね」
10代が日常的に観ているYouTubeには、スマートドラッグのほか、自分の美容整形やボディビルの過程の投稿などエンハンスメントの情報が溢れているそうです。
「自分はこうありたい、というイメージを、知らず知らず他者から刷り込まれやすい環境です。スマートドラッグもドーピングも『いけない』と言ってしまうことは簡単だけど、本当にわるいことなのか、まずは自分で考えてみてほしいんです。そして、自分は本当はどうなりたいのか、自分にとって大切なものは何なのかを考えてみていただけたらうれしいです 」
本書の最後(Private Lesson 生きづらさを感じているみなさんへ)では、小林さん自身が10代の頃に苦しんだ、エンハンスメントに関わる悩みについても書かれています。
金子さんは、ある高校の先生から、探究学習として自由にテーマを設定できるレポートを生徒に課すと多くの生徒が同じテーマを取り上げているときがある、と聞きました。
「誰にも糾弾されないようなテーマを選んだ結果、みんな同じになるそうなんです。そんなふうに周囲の目を気にしていたら、いつか自分自身に興味がなくなってしまうのではないか、と心にひっかかったエピソードです。それと同時に、10代の頃って、自分と全然違う考えに触れて、あぁそういう考え方があるんだって知る経験がとても大切で、将来につながっていくと思うんですよね。自分もそうでしたし。Qブックスが、自分自身と向かい合ったり、初めて知る考え方やびっくりするような何かと出会うきっかけになったらいいなぁって思いながら、1冊、1冊作っています」
その金子さんの経験はどんなものだったんでしょうか。
「私が通っていたのはプロテスタントの中高一貫校だったんですが、宗教教育の時間が、自我がめざめている年齢には押しつけがましく感じられて、いやでたまらなかったんです。そんななか、中3のとき、大学から来た講師の先生が、経済の授業でマックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を半年くらいかけて解説してくれたんです。今の資本主義の世界が宗教と関係あるんだ! って、世の中のすべての見方が変わるくらいびっくりしました。そういう出会いって、本とある程度じっくり向き合う時間がないと難しいと思うんです。Qブックスは、『このくらいはがまんして!』と考える長さの128ページを死守しています。向き合ってみてもらえたらうれしいです 」
吉澤さんも、田中さんも、金子さんも、10代のみなさんに、自分なりに感じたこと、考えたこと、そして、もっと知りたいという気持ちを大事にしてほしいという願いをこめてQブックスシリーズを作っています 。どの本も、10代のみなさんの本当の自分の「探究」を全力で応援しています。
10代が本に出会う場といえば、昔も今も、図書館。図書館でQブックスを見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。