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新型コロナ禍でさわれない時代にこそ問う 「さわること」の無限の可能性

記事:平凡社

「ユニバーサル・ミュージアム」特別展入口に立つ著者(撮影:桑田知明)
「ユニバーサル・ミュージアム」特別展入口に立つ著者(撮影:桑田知明)

ユニバーサル・ミュージアム=誰もが楽しめる博物館

 世界はさわらないとわからない。2020年〜22年のコロナ禍の状況下、僕は何度となくこの言葉を心の中で呟いた。2021年9月~11月に開催した特別展「ユニバーサル・ミュージアム──さわる! “触” の大博覧会」は、僕のこれまでの研究と実践の集大成ともいえる大イベントである。さわることの奥深さ、豊かな可能性を多くの人に伝えたい。こんな思いで僕は国立民族学博物館に着任した2001年以来、10冊余の著作を刊行し、展覧会やワークショップなどの企画にも取り組んできた。「ユニバーサル・ミュージアム=誰もが楽しめる博物館」を掲げて少しずつ前進する僕の活動は、さまざまな仲間との出会いを通じて鍛えられ、発展し続けている。

 さあ、いよいよ「ユニバーサル・ミュージアム」に関する最先端の研究成果を結集し、特別展という形で大々的に公開しよう。熱い思いと不退転の決意で特別展準備に奔走する真最中に、文字どおり想定外のコロナ禍がやってきた。各方面で「非接触」が強調されるようになり、僕の特別展計画も一年の延期が決まった。そして、21年9月の特別展オープンを迎えるまで、展示場内外での感染予防対策を立てることに、膨大な時間とエネルギーを費やした。当初のプランを変更せざるを得なかった展示関連イベントも多い。「ああ、コロナがなければ……」「なぜ今、コロナに苦しめられることになったのか」。感染者数の増減、緊急事態宣言の発出・解除に一喜一憂する日々の連続だった。

 通常であれば、僕の人生最良の日となるはずの特別展開幕なのに、盛大なセレモニーはもちろん、関係者向けの内覧会すら中止とされた。特別展オープンに合わせて、僕が自らを鼓舞するスローガンとしたのが「世界はさわらないとわからない」という語である。

 「こんな時だからこそ、さわることの大切さをしっかり訴えていかなければならない」「コロナ禍は僕の研究の価値、触常者(さわることに依拠する生活を送る人)として生きる意義を際立たせる効果をもたらした」。「世界はさわらないとわからない」という信念に突き動かされて、僕は長くて短い3か月の会期をまさに夢中で駆け抜けた。

「ユニバーサル・ミュージアム」展覧会場の様子。さわって楽しむ展示物が多数並んでいる(写真提供:国立民族学博物館)
「ユニバーサル・ミュージアム」展覧会場の様子。さわって楽しむ展示物が多数並んでいる(写真提供:国立民族学博物館)

 コロナ禍と格闘しながら「なぜさわるのか」「どうさわるのか」という根本的な問いを社会に投げかける特別展は、幸いにもマスコミ等の注目を集め、会期中にはたくさんの新聞、テレビ番組で取り上げられた。来館者数は当初目標に届かなかったものの、会期後半の11月にはコロナによる規制・制限も緩和され、展示会場は連日、多くの来館者でにぎわった。実験的な特別展を終えた今、コロナ禍の2021年に大規模な「さわる展示」を実施できてほんとうによかったというのが、強がりでも瘦せ我慢でもなく、偽らざる僕の本音である。あらためて、出展者・協力者のご支援に感謝したい。

 人生の一大イベントが無事に終了し、次は何をめざそうかと考えている時に、「まずは、この前例のない『大博覧会』の記録をきちんと残し、後世に伝えていかなければ」という強い思いが湧き上がってきた。コロナ禍のために、特別展に来られなかったという人は少なくない。また、SNSなども活用し、広報には力を入れたつもりだが、「特別展のことをまったく知らない」「そんな展示があるのなら、行ってみたかった」という声もよく耳にする。そこで、2020年~22年の怒濤の日々を振り返り、一冊の本を作ることにした。

広瀬浩二郎『世界はさわらないとわからない 「ユニバーサル・ミュージアム」とは何か』(平凡社新書)
広瀬浩二郎『世界はさわらないとわからない 「ユニバーサル・ミュージアム」とは何か』(平凡社新書)

 本書は、コロナ禍の中で迷い悩みながら「さわる」ことの意味を追求した全盲の文化人類学者の「生の証」である。それと同時に、新型コロナウイルスの登場によって到来した「さわれない時代」、目に見えないウイルスを過度に恐れる「さわらない人々」に対する触常者からのメッセージ集ということもできる。

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