広島・長崎とともに語り継がれる「戦争の悲劇」 『ドレスデン爆撃1945 空襲の惨禍から都市の再生まで』
記事:白水社
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この都市は現在、総力戦の蛮行を象徴するようなものになっている。ドレスデンという名は、広島そして長崎と同じく、殲滅を連想させる。この都市がナチ・ドイツの中心部に位置し、ナチの不快極まりない政策を早い段階で熱狂的に受け入れていたという事実がもたらす倫理上の問題は大きい。
この都市と、それを火で破壊するという行為の双方に附随する厳しい道徳性(と不道徳性)は、数十年にわたって、さまざまな怒り、自責、苦痛、心的外傷を伴う論争と分析の的だった。そうした議論は、今でも風景の一部をなしている。ドレスデンでは、過去は現在であり、誰もが時間と記憶の堆積の中を注意深く歩まなければならない。
【『ドレスデン爆撃:神話と真実』動画/Die Bombardierung von Dresden: Mythos und Wahrheit | Terra X】
都市のより近い過去が困難を増幅する。ドレスデンは戦後、ソ連勢力圏内のドイツ民主共和国に組み込まれた。ソヴィエトは文字どおり歴史を支配し、都市の中心に、将来にまで残るはずの新しい建物を建てた。1990年、ヨーロッパ全土でドイツ再統一が祝福される波の中で、東独政府の崩壊を心底残念に思う少数の人々がいたし、今もいる。
特に祝福されたドレスデン市民の1人──ほとんどのユダヤ系市民が絶滅収容所に移送されたあとに残ったごくわずかのユダヤ人の1人、学者のヴィクトル・クレンペラー──は戦後、この都市は「宝石箱」だと、空襲火災が大きな注目を集めるのはそのためだと語っている。比較すると、確かにドイツのほかの都市や町が受けた被害の方が大きい。西部のプフォルツハイムは、ドレスデンの数週間後に攻撃され、たった数分間で殺された住民の割合が、異常に多くの死者を出したドレスデンよりも高かった。
空襲火災はほかでも起きた。1943年、何トンもの焼夷弾がハンブルクの木造の家屋とアパートに落とされた。火災が起き、窓が粉々になり、屋根が歪んだ。操縦士は橙色の上空から、炎が炎に重なって狭い通りを渡り、見たこともないほど巨大な火の大釜に重なってさまざまなものを破壊していく有様を目撃して驚いた。空気は薄くなり、燃えて熱い突風が空高く吹き上がり、人々は単に焼け死ぬのでなければ窒息死した。肺が熱で損傷し、次第に呼吸できなくなったのである。
ケルン、フランクフルト、ブレーメン、マンハイム、リューベック、そのほかの都市も空襲被害を受けた。その大多数は、想像できないほどの犠牲者を出しただけでなく、宮殿、歌劇場、教会など、ヨーロッパ文化の観念的な象徴としての建築物を失った。
しかし、ドレスデン──ポーランドおよびチェコとの国境に近く、プラハからの距離が160キロメートルほど──は、国の西部に位置するほかの多くの都市と違い、すでにイメージの上では、国際的に確固たる評価を得ていた。この上なく素晴らしい美術コレクション、ザクセンの華麗な歴史、美しいバロック様式の教会と大聖堂、小道を囲む風景の魅力で、ずっと以前から有名だったのである。当時──現在と同様──この都市は、エルベ渓谷深く、絵のように美しい森林に覆われた穏やかな丘に囲まれながら、隔離されているようだった。哲学者ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーは19世紀はじめ、ドレスデンを「ドイツのフィレンツェ」と呼び、二つの都市の類似点を描写して称讃した。ここから「エルベ河畔のフィレンツェ」というさらに広く流布した呼称が生まれた。
だが、この都市が有名なのは、保守的でなかったためでもある。ドレスデンは決して単なる宝石箱ではない。きわめて革新的な画家、作曲家、作家などの芸術家の生命が発揮する活力によって、喜ばしい名声を勝ち得ていたのである。ここには、初期のモダニストもいた。完璧な共同体を実現するための新しいアイディアを持つ、先見の明のある建築家もいた。さらに音楽が、これらの潮流の化学成分の一部だと思われた。今日でも変わらないままである。古都の夕べ、伝統的な大道芸と大聖堂聖歌隊の残響が聞こえるだろう。何十年も前にも聞かれたものである。
そこで、ドレスデンの──破壊と復活の──物語は、多様で不快な倫理上の問題を提示する。私たちは、この大勢の人々──子ども、女性、避難民、高齢者──があの夜、そしてその後の年月に受けた被害を知ることで、ナチ党の勃興以来犯された犯罪の恐ろしさを軽減するのだろうか。個人の物語を深部から掘り出すことで、ヨーロッパ中の村、町、都市がいっそう野蛮に扱われていた間、たいそう美しいままだった場所を、盲目的に崇拝する危険に陥るのだろうか。
そして、飛来して目標に爆弾を投下した数百名の操縦士を、私たちはどう見たらいいのかという問題がある。この若者たちは疲れきり、空虚で、凍え、長く続いた戦いの苦い結末を恐れていただろう。友人の多くが空中で吹き飛ばされる有様を目撃してきた戦いである。彼らは司令官に命じられたことをしたに過ぎない。飛行機の──とりわけイギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリアの──乗組員は操縦し、コースを確認し、銃を敵戦闘機に向け、爆弾倉で腹這いになり、インターホンで話し合い、お守り──布製の帽子、特製の靴下、あるいは恋人のブラジャーさえその役割を果たした──をしっかり握った。ブラジャーには、十字架以上の守護力が備わっていた。この男たちは、闇を通して何百メートルも下の火災を見下ろし、自分たちも今にも炎に呑み込まれて、生きながら焼かれるかもしれないと知りながら、さらに多くの焼夷弾を投下した。この若者たちは──「虐殺者」と呼ばれた英国空軍大将アーサー・ハリスとともに──戦争犯罪に関与したのだと、のちに非難された時、どう自己弁護しただろうか。
これが戦争についての物語の一部だとしても、必ずしも純粋に軍事史との関連では考えられない。むしろこの一大事件は、できる限り、現場に、すなわち地上と空中にいた人々、命令を出した人々、なす術のなかった人々の目を通して見ることで理解しようとすべきである。戦後になっても長く、波紋を広げ続けた悲劇だからである。あの一晩で、多数の命が失われただけでなく、文化と記憶も破壊された。そして、あの夜の恐怖は、今でも色あせることのない政治的な問題である。昔の死者を今日悪用しようと試みる者を偶然でも支援しないよう、細心の注意を払わなければならない。記憶そのものが戦場である。東ドイツそのほかに、ナチ・ドイツの国民も虐殺の犠牲者だという思いつきを絶えず利用しようとしている極右が存在する。彼らの議論は、爆撃がなぜなされたかをめぐる奇怪な陰謀論と結びついている。それに対して、この連中が自らの目的のためにあの夜の出来事を乗っ取るのは許されないと理解している市民がいる。過去は守られなくてはならない。
そのためには、そこに居合わせた人々の声に耳を傾けるだけでよいのかもしれない。すなわち、闇がドレスデンを覆うずっと以前にそこで生まれた人々、その闇の中に生まれてきた彼らの子どもたち、あの夜、果てしない恐怖にさらされた人々、その後の混乱した時期に、生活を立て直す方策を見つけなければならなかった人々の生の精査である。
ドレスデンの上層部とドレスデンの復興を集中的に援助してきた英国の組織で働くボランティアの間には、心を打つ協力関係があった。ドレスデン・トラストは、聖母教会の困難な再建にとりわけ密接に関わっていた。
両者は、ドレスデンと英国中部の町コヴェントリーの共生関係を大切にしてきた。コヴェントリーは一九四〇年一一月ドイツ空軍に攻撃され、溶融鉛と燃える石と.瓦の塊になってしまった。この二都市の結びつきは、このようなことは二度と起きてはならないという合意を目的としている。
だが、ドレスデンの物語は死と生についての物語だと理解することも重要である。それは、人の精神がきわめて異常な状況で示す、計り知れない順応性についての物語である。
現在では、当時を記憶する人が減りつつあり、さまざまな主張、反対意見、プロパガンダの影響をあまり受けずに、これらの出来事をより鮮明に見られるので、ドレスデン市民の記憶と彼らの日常生活の有様が、別の方法で復元されていくだろう。
市立公文書館は近年、できる限り多くの証言と目撃談を引き出そうと、注目に値する努力を重ねている。地域社会の歴史を構成する刺激的なプロジェクトにおいて、言葉と、亡くなった多くの人を生き返らせる記憶が記録されてきた。あらゆる年齢のさまざまな市民の、さまざまな時代に書き留められた物語である。破壊を生き延び、恐怖を記録した年長の人々が遺した日記、手紙、断章とともに、当時子どもだった人々の報告がある。ドレスデンの主要な医学者から防空指導員まで、無慈悲に迫害されたユダヤ系市民から、それを恥じて助けようとした非ユダヤ系市民まで、十代と学童の回想から年長の住民の異常な経験まで、公文書館は、ある非凡な都市の生における一晩というだけでなく、尋常でない歴史的瞬間の万華鏡のような画像を届けてくれる。耳を傾けてもらえるのを待っている大勢の声がある。その多くが初めて聞かれるものである。
そしてやっと、廃墟と復元されたものの下に、かつて──ナチズムの蛮行以前に──めったにないほど革新的で創造的な都市だったものの趣が再現されるのを見る時が訪れた。長い間消えていた通りを歩き、ドレスデン市民が見ていたように見る時である。物語は、驚くべき破壊だけでなく、崩壊した生がその後どのように再生したかについてのものでもある。
【『ドレスデン爆撃1945 空襲の惨禍から都市の再生まで』(白水社)所収「序文 時間の中の都市」より】
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