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「子どもを産まずに生きることはそんなに間違った選択なんだろうか?」 子どもを産まないと決めた女性たちの話

記事:晶文社

子どもを持たないと決めた18人の女性たちの本音をつづった『ママにはならないことにしました』(チェ・ジウン著、オ・ヨンア訳)
子どもを持たないと決めた18人の女性たちの本音をつづった『ママにはならないことにしました』(チェ・ジウン著、オ・ヨンア訳)

プロローグ

40歳になったらこの話ができるかもしれないと思っていた。

40歳になったとたんにいきなり体内時計が止まるわけじゃないけれど、それでも40歳になったらもう悩まなくていいし、振り返らなくても話せるような気がした。

ママにならないことにした、と。

雨のぱらつくある夕方だった。ビルのロビーで姉の仕事が終わるのを待っていた。エレベーターから降りてすぐに足早で近づいてきた姉は、社内の託児所に私を連れていった。
母親の顔を見ると喜んで足を踏み鳴らす2歳の子に、私はぎこちなく挨拶をした。雲が流れるようにして地下鉄の駅にむかうラッシュアワーの人混みの中で、姉はその子の手を握って歩き、私は空っぽのベビーカーを押しながら姉の家に向かった。
そう遠くはなかったものの、子どもが転んだり、一人で走り出してぶつかったりしないか神経を使って内心ひやひやした。
次は姉の家の近くにある保育園に立ち寄り、下の甥っ子をベビーカーに乗せ、上の子の手を握って地下駐車場を横切って家にむかうまでの道のりが、なぜかやけに遠く感じられた。

姉は子どもたちを着替えさせ、手を洗わせ、自分は着替えかけのまま下の子の離乳食と上の子の食事を準備した。私が持ってきたインスタントのパスタソースと麺をさっとからめて私たちも夕食にした。姉が食卓を準備している間に私が下の子に離乳食を食べさせようとしたが、見慣れない叔母に人見知りした下の子は、ぎゃん泣きで抵抗。初めは静かになだめていた姉も、下の子がいつまでも大声で泣き続けるときつく一言いいはなってわざと背中を向けた。

私はほとんど抜け殻状態で座っていた。母親代わりに半日だけ甥っ子たちの面倒を見に来たのだが、私は文字通り、子どもたちを見に来ただけで、何一つ役立たなかった。
 
「あぁ、うち帰りたい……」
すでにくたびれきった私は、ぼうっとしてきた頭で考えた。静かなところで横にさえなれたら、やりたいこと(バッテリーが切れるまでスマホをいじったり、だらだらテレビを見たり)が思う存分できる自分の家に!

そして思った。姉は本当に大変だと。
朝から夕方まで会社で働き、仕事が終わった瞬間からばたばたと子どもたちに夕食を食べさせ、お風呂にいれて、遊んでやって、寝かせるというのを毎日毎日やっているなんて。上の子と話しながら同時に下の子をあやし、なだめ、それでも一度も怒ったりしないなんて、人間技とは思えない。
私にはとてもでき……そのときだった。
2人目を抱いて本を読んでいた姉が私に言ったのは。

「 1人ぐらい産んでみたらいいのに……」


私が?


姉と私は35歳(満34歳。原文表記は数え年)まで同じ屋根の下で一つの部屋を一緒に使い、枕を二つ並べたらそれでいっぱいの狭いベッドで寝ていた。しょっちゅうけんかもしたが、だいたい私が原因だった。おやつを先に食べてしまったとか、姉が大切にしていた服を黙って拝借したとか、朝早くに出勤する姉の隣で夜更かししてスマホのライトで起こしてしまったとか(ノートパソコンでドラマを観ることもあった)。

私たちは性格から好み、食べ物まで、共通点なんて何一つなかったこともあって、特別仲がいいとは言えないかもしれない。

それでも私がいかに自己中なのかはこの世の誰よりもよく知るはずの姉が、そんな私に子どもを産めだと? 本気で?
その日私は、遅くまでなかなか寝つけなかった。
 
部屋いっぱいに広げた布団の上に姉と子どもたちと体を折り曲げて対角線を描いたまま横になって考えた。
「子どもを産んで育てるって、ほんとにそこまで言うほどのことで、誰もが一度は経験しないとならないの? 子どもと1時間一緒にいるだけで疲れて、顔では笑ってるけど心では家に帰りたくてしょうがないのに、そうやって笑ってられるのも、これが私の日常じゃなくてよかったってほっとしてるからなのに。

それでももしかしたら、そこには私の知らないとてつもない幸せの秘密が隠れてたりするとか? だからお姉ちゃんはあんなに、それも私みたいな人にまで出産を勧めるのだろう? もしこの世のほとんどの人が享受してるその驚くべき経験を、私だけが逃してしまってるのだとしたら、どうしたらいいんだろう?」
いろんな思いや不安が止まらなかった。
 

「私たちの星」の人たちに会いに行く

翌朝、ねぼけまなこで下の子を保育園に連れていき、姉と上の子を見送ってから家に戻るときは、まるで大きな宿題を終えたように気が楽になったが、一方では憂うつだった。

子どもを産まずに生きることはそんなに間違った選択なんだろうか? 大切な問題を私が簡単に結論づけすぎたのか? いつかきっと後悔する日が来るのだろうか? 

私は誰かに訊きたかった。あなたは間違っていないと言ってほしかった。

私は一人じゃないということを確かめたかった。

まだ40歳になっていなかったが、話し始めなければと決めたのはその日だった。

「あなたも産んでみればわかるわよ」とは言わない、私のように、子どもを産まないと決めた女性たちの話が聞きたかった。

結婚が出産と同義語とみなされ、子どものいない結婚生活は不完全なものと認識され、子どもを望んでいないというと血も涙もない自分勝手な女扱いされる韓国社会で、私と同じ選択をした女性たちはどんな人生を生きているのだろう。彼女たちは、どんな悩みをかかえ、どんなときに幸せを感じるのだろう。
私は「私たちの星」の側にいる人たちに会ってみることにした。
 

出発点はなかなか見つけられなかった。私は1年近く、会う人ごとに「周りに結婚して子どもを産まないと決めた女性いませんか?」と聞いてまわった。友人や家族はもちろん、行きつけの美容院の店長にも、何かの集まりで知り合った初対面の女性にも、顔を見たこともないネット上の友人にも尋ねた。元の職場の同僚や友人の中にも、子どもを産まない既婚女性が数人いたのだが、私はなぜか全く知らない人と知り合いたかった。ソウルでフリーランスでものを書いている私と、できれば全然違う立場の人の話を聞きたかった。
どこで何をしてどう暮らしていようと、母親になりたがらない女性がいるということを、実際に会って確かめたかった。

何より、私には想像もできないような人たちの話が知りたかった。

私はこの人生が気に入っている

さまざまなルートを通じて出会った本書に登場する17人の女性は、それぞれの人生の一部を私とシェアしてくれた。子なし女性として生きると決めることは、まさに人生のあらゆる面と直結していることを、それぞれの女性たちの話から少しずつ知ることができた。
私は、彼女たちの話を聞くために出会ったのだが、時には私自身の話をぶちまけることもあった。
「これって私だけ?」と思うあまり誰にも話せなかった悩みを打ち明けると、悩んでいたのは一人じゃないという事実に、気にしなくてもいいという言葉に、ときどき慰められた。
それぞれの立場で決心し、それぞれのやり方で抵抗するこの女性たちから勇気をもらったし、深いシンパシーを感じた。

インタビューが楽しかったのとは裏腹に、あまりにもさまざまな経験や考えを文章で綴ることは、私自身の限界と常に向き合う過程でもあった。この女性たちの思いを損なうことなくありのまま伝えたかったが、私の力不足と偏狭さがあだとなって、さまよってばかりだった。
彼女たちが人生全般を通じて下した複雑な結論を、限られた紙面に圧縮して掲載するたびに私が何かを見逃していたり、歪曲しているような気がして怖かった。学者や研究者ではないから、この興味深いテーマをもっと深く豊かな論議として広げることができず、心残りもあった。

それでも、この作業を終えられたのは、誰よりも私が彼女たちの話に共感したからだった。
この勇気ある率直な女性たちの話を、どうしてもこの世に出したかった。       

なかでも、子どもを産みたくないと、あるいは、確信が持てずに悩んでいる女性たちに、この世にはこういう人生もあるし、私たちはこの人生が気に入っていますよと伝えたかった。

インタビューに応じてくれた女性たちに、言葉では言い尽くせないほどの感謝を伝えたい。それから、私と彼女たちの間に橋をかけてくれた大勢の温かい人たちにも心から感謝している。

迷い立ち止まるたびにバランスのとれた助言とあたたかな励ましを欠かすことのなかった編集者ホ・ユジンさんのおかげで、一歩ずつ前に進むことができた。私たち自身のことを文章にすることに同意してくれたパートナーにもいつも支えてもらった。

何より、自分たちの持ちうるすべてを私に授けてくれた母と父にも感謝したい。一人の人間を育て上げるということが、どれほどの労を要し、どれほど厳しい試験かつ予測できない課題で、またいかに特別な関係を結ぶことなのかを、私は2人から学んだ。

もしかしたら、だからこそ、ママにはならないことにしたのだけれども。

(「プロローグ」『ママにはならないことにしました』(チェ・ジウン著、オ・ヨンア訳)より)

※本記事の小見出しは、編集者が追記

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