川上未映子「夏物語」書評 出産リミット前 ゆれる女たち
ISBN: 9784163910543
発売⽇: 2019/07/11
サイズ: 20cm/545p
夏物語 [著]川上未映子
かつてウーマンリブでは性の解放が叫ばれた。女のセックスは子を生むためだけにあるんじゃないと。半世紀を経た今、本書の夏子は考える。「セックスができるとかできないとか、それはどういうことなんだろうか」と。「人を大切に思う気持ちと体のこの部分が、こんなに密接にかかわらなければならなかった」のはなぜか、と。
夏子は38歳。東京で一人暮らしをしながら小説を書いている。大阪の姉の巻子はスナックで働き、娘を育てている。姉妹の父は幼い頃に失踪し、母と祖母ももうこの世にはいない。8年前の夏休み、姉と姪が泊まりにきた3日間の出来事から幕を開けた物語は後半、第三者の精子提供を受ける人工授精(AID)で子を生みたいと憑かれたように願う夏子の心の葛藤を繊細にかつ丹念に描いてゆく。
夏子の周りには一家言もつ女たちがいる。「女にとって大事なことを、男とわかりあうことはぜったいにできない」と断言する遊佐リカは作家でシングルマザー。「子どもが欲しいなんて、なぜそんな凡庸なことを言うの」か、小説を書けと迫る仙川涼子は独身の女性編集者。「子どもを生む人はさ、みんなほんとに自分のことしか考えないの」、だから子どもを不幸にしたくなかったら生まないことだと言い張る善百合子は、AIDで誕生、幼い頃に父親から性的虐待をうけた。夏子の前に現れたのがAIDで生まれ、遺伝上の父を捜す逢沢潤だ。
夏物語は夏子の物語であると同時に「残された熱気とともに夜へむかい、ゆっくりと沈んでいこうとしている夏の夕刻は、いろんなものがこんなにはっきり見えるのに、いろんなものがあいまいだ」とあるごとく女の人生の夏――出産リミットを目前にした女の熱っぽくもゆれる胸の内を見事にすくいとる。理不尽な死や喪失感を「生」の希望に昇華させる、著者の才気と筆力にも圧倒された。女性だけでなく男性も必読!
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かわかみ・みえこ 1976年生まれ。作家。『乳と卵』で芥川賞。『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞。詩集『水瓶』で高見順賞。